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その背中を見送って、「で?」と巌は松前へドスの効いた声を出した。
「こうしてせっかく会えたんだ。聞かせてもらおうじゃねえかよ。阿寒を研究の第一線から強引におろした理由をよお」
「そこまで先生に気を遣っていただけるとは。阿寒は幸せ者です」
松前は巌の威嚇に臆することなく冷ややかに告げる。
赤の他人のお前にそんな事情を語るいわれはない、そう含むような口振りだ。
実際、初対面でそんな個人的なことを語る方が非常識だ。巌は公武の親でも親戚でもないのだ。
だが、そこで引きさがる巌ではない。
「あいつをただ顎で使うだけの了見なら承知しねえ。あいつの心意気を殺したらただじゃおかねえ」
松前は面食らったような顔をして「逆です」と愛しそうな声を出した。
「阿寒がいなければ弊社は成り立たない」
「なんだと?」
「阿寒本人はただおにぎりロボットのプログラミングをさせられていると思っているかもしれません。本人にはスカウト時におにぎりプロジェクトへ参入して欲しいと伝えましたので。ですが、その基礎システムは多くの業界にまで転用できるほどの技術です。弊社の、いや、この国の宝にだってなりうる」
そんなに? と巌だけでなく柚月も目を見張る。
「阿寒が大学にとどまって研究を続けた場合、文科省や開発機構などの阿寒の技術価値を理解できない輩に、それこそ彼の才能を殺されるところでした。だから彼を弊社へ呼び入れたんです」
巌は眉間にしわをよせる。
「そういわれると聞こえはいいが、なんといってもあんたのところは営利団体だ。……文科省とは違うやり方であいつをつぶすんじゃねえのか?」
「そうならないよう、私どもも全力を尽くしています。阿寒に対してだけではない。全社員に対してです。それが弊社の企業理念です」
「サスティナブル、持続可能事業か。それを主体業務としていて、既存業界に頼らないテクニック形態を目指すんだったか? あんたの会社、敵が多そうだな」
「調べていただきまして恐縮です。この国で暮らす限り、自然災害はつきものです。大手企業ならなおさら備える必要があります」
松前たちの会社、サッポロ・サスティナブル・テクニクス。
「サスティナブルは最先端だ」を掲げて「災害およびその先の生活を豊かにする」が企業理念だ。今回ここへ集まった部署のほかにも風力発電開発チームに地熱発電チームもある。
各業界に精通したやり手が集結した、平均年齢四十代後半の札幌を拠点とする企業だ。
「業界荒らしではなく、得意形態の分離です。平常時は大手電力や大手ガス事業で設備運営を賄えばいい。二酸化炭素排出量うんぬんについても頭ごなしに対策遅れを非難する立場にはありません。できることから手を付けるがモットーです。ですが、こうして非常時もある。電力やガスラインが寸断されることもある。弊社はそのためにあります」
わはは、と巌は笑い声をあげた。
「いまはまさに稼ぎ時ってわけだ」
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