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「やや準備不足の感は否めませんが」
「この巨大地震だ。そりゃまあしゃあねえだろうよ。とにかく、あんたの会社の意気込みはわかった」
んで? と巌は腕を組む。
「──なんだって握り飯が出てくるんだ? おにぎりロボットがあんたの会社業務とどう関係するんだ? 非常時の炊き出し事業を幅広くやりたいのか?」
松前は悪そうな笑みを浮かべる。
「目くらましの意味もありました」
あん? と巌が首をかしげる。
「阿寒の挙動は結構な数の業界から注視されていました。弊社にくると知られてから問い合わせがひっきりなしです。その期待を裏切る必要があった」
ここで、と松前は息を継ぐ。
「彼らが期待するような分野の商品を開発したら、弊社ではなく世間が阿寒を追い立て続けるでしょう。そうなったら研究を続けていたときとなんら変わらなくなる。遅かれ早かれ──あいつはつぶれる」
だからこそ、まったくの異業界分野、食品事業。ふうーん、と巌は低く長いうなり声を出した。「どうやらちゃんと、あいつのことを考えてくれているみたいだな」と首の後ろをかく。
それからおもむろに柚月へ振り返り、「ほらよ」と柚月の手のひらへ黒い箱をおいた。
「うちの工学研究院のヤツがまた持ってきた。使ってみな」
「これなに?」と柚月が声を出すより早く松前が身を乗り出した。
「コンパクト蓄電池ですか? 先生がわざわざ持っていらしたとなったら──」
「あんたの想像の十倍すげえやつっぽい。たぶん、これ一台でこの避難所の一日分の電力は軽く貯めておける。柚月、前に渡したソーラー充電器につなげて使えるっつってた。やってみな」
「え? これ?」とサコッシュから取り出したソーラー充電器にも松前は食いつくように眺める。それを見て巌はまた、わはは、と笑った。
「安心した。あんた、本当に技術屋なんだな。ただの経営者だったら信用ならねえって思ったんだが」
「私は専務ですから。もっとも、社長が技術者を蔑ろにするようでしたら謀反も辞さない覚悟でやっています」
「あんたがそんなだから阿寒は武士みたいなんだな」
よおし、と巌は両手を腰に当てる。
「さっきの工学研究院の知り合いな。簡易空調システムのプロトタイプもあるってよ。マイクログリッド用のやつらしい。あんたのところもマイクログリッドシステムのコンサルっぽいことをやっていただろう?」
マイクログリッド──大きな発電所から電気を受けるのではなく、ごくせまい地域内で電気を生み出し使うシステムだ。
「電力の供給はすぐには無理そうだからな。こういった体育館とグランドを拠点としてマイクログリッドするのも悪かねえよな。まずは体育館へ空調のプロトタイプを設置して室温湿度の制御をするのはどうだ? いくら北海道でも夏真っ盛りだからな。日中とか暑いだろう。ぎゅうぎゅう詰めの避難所なら、なおさら爺さん婆さんには堪えるしよ。だから」
ほれ、とジャケットから名刺を取り出す。
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