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「興味があったらここへ顔を出してみてくれや。機動力のあるあんたのところと手を組めば、おもしれえもんができるんじゃねえか? 時間ができてからでいいからよ。俺からも連絡を入れておく」
松前は丁寧な仕草で名刺を受け取ると巌へ視線を戻した。
やや怪訝そうな眼差しが混じっている。それを見て巌は声を小さくした。
「あんたも気づいているだろうが、この災害、長丁場になる。本州からの応援が期待できないだけじゃない。──わかるだろ?」
ひょっとしたらさらなる大きな自然災害が起きる、そう示唆していた。松前も厳しい顔つきになる。
「公的機関は尻が重くて駄目だ。俺が毎日怒鳴り飛ばしたって『そこまでしなくても』とか抜かしやがる」
目の下に隈を作った巌がそういうのだ。臨機応変など望みようもない状況なのだろう。
「お上が動くのを待っていたら、どんなに工夫して備蓄で食いつないでいても下々の俺らは干上がっちまう。動けるところから動いてくれ。平常時だったら目をつけられるくらい先走ったことをやったとしても、幸いお上の尻は重すぎて構ってられねえから安心してくれ」
名刺に視線を落として、松前は口角をあげる。
「すてきなご縁をいただきました。ぜひともすぐに連絡させていただきます」
失礼します、と松前は断ると、衛星携帯電話を取り出し、本当にその場で名刺相手先へ連絡を入れはじめた。
「おいおい、俺はまだつなぎを入れてないぜ」と巌があわてて、「ちょい貸せや」と松前の通話口で「俺だよ俺」とオレオレ詐欺みたいな声を入れて先方へフォローをする。
そのとき公武の「乙部先生―っ」という声が聞こえた。息を切らして向かってくる。包みを手にしている。
「『おにぎりん』のおにぎりです。持っていってください。本当は柚月さんのおにぎりとのコラボがしたかったんですが、間に合わなくて」
途端に巌は「はあっ?」と声を裏返した。
「柚月とのおにぎりコラボ? それは真っ先にすべきことだろうが。どうしてやらないんだ。柚月のおにぎりを食わせろ。柚月のおにぎり欠乏症だぞゴラッ」
「お父さん、こんなときになにいってんのよ。恥ずかしいわよ」
「いえそれはぜひぜひ私もいただきたいです」と松前が目を輝かせ、「でしたら」と公武が柚月を見る。満面の笑みだ。
「柚月さん、どうか、お手合わせいただけますか?」
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