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3.夢の競演。おにぎり大作戦
鍋から湯気がもうもうとあがっていた。炊きたての白米だ。
その香りに目を細めてしゃもじで米をほぐす。ツヤツヤになった米を手に取りふんわりと握る。
みるみる赤くなっていく柚月の手のひらを見て公武が「大丈夫ですか」と顔色を変えた。
「アツアツのうちに握ると空気がたっぷり入っておいしくなるんです」
「論理的にはそうでしょうが」と眉をしかめる公武へほほ笑んで、「はい」と柚月は巌の皿へおにぎりを置いた。
「おまたせ。どうぞ」
「くあー。本物の柚月の握り飯っ」
「なにそれ。夢でおにぎりを食べたの?」
「山ほどだ。よおし、いただきますっ」
くわっ、と口を開けて巌はおにぎりへかぶりつく。
「うめえ……」
ううう、とうなり声をあげた巌の目尻には涙まで浮かんでいた。
「……今日まで道庁のやつらとやりあってきた甲斐があった。がんばった俺。よくやった俺。よおし柚月、次だ次。じゃんじゃんくれ」
「順番にね」
そういって今度は松前の前に梅おにぎりを置く。松前は「いただきます」と神妙な顔つきでそっと口をつける。すぐにハッとと目を見開く。
「──これが、公武を動かしたおにぎり」
これまたうなり声をあげながら口を動かし、けれど途中でどうでもよくなったのか、満面の笑みになった。
「いやもうこれは。公武、高い目標だなあ」
「はい」とうなずく公武へも「どうぞ」と梅おにぎりを差し出した。
「僕までいいんですか?」
「もちろんです」
やった、と小声を出して公武はおにぎりを頬張る。そして、ああ、と泣きそうな声を出した。
「やっぱり柚月さんのおにぎりは最高ですね。うまいだけじゃない。身体の凝りが、いっきにほぐれていく味わいです。もうちょっとがんばってやっていこうかなって力がわく」
「本当にな。おにぎりがこれほど奥深いものだったとは」
「そんな、大げさです」
「いえ、人のチカラとはすごいなと身体が震えました。公武、これは完敗だな。まだまだお前の『おにぎりん』は改良の余地があるぞ」
「もちろんです。柚月さんのおにぎりにかなうわけがありません」
公武の即答に「わかってんじゃねえか」と巌が笑った。
そんな三人を見て羨ましくなったのか、「ねえねえ」と子どもたちが柚月の足をつついた。
「お姉ちゃんのおにぎり、うちらも食べたいなあ」
「ぼくも」、「おれも」と声が続く。
「鮭は好き? 食べられる?」
「大好きっ」
小ぶりのおにぎりを握って差し出すと「おいしー」、「うま」と大絶賛だ。
「お母さんにも持っていっていい?」の声に加えて「あたしも貰えるかい?」、「おれは梅で」と小清水と沼田の声も飛び、柚月は大忙しだ。
その隣では『おにぎりん』も稼働しておにぎりを握っていく。列に並ぶ子どもたちがおにぎりを握るマネをしている。どの子も楽しそうだ。
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