3.夢の競演。おにぎり大作戦

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 公武さんがいるのにどうして? と首をかしげていると松前が「実は」と柚月へ声をかけてきた。 「乙部先生から連絡をいただきました。中央区と西区の避難所でも『おにぎりん』を稼働する許可がおりまして」 「すごいです。でも許可って? みなさんは善意でやってくださるのに区役所の許可がいるんですか?」 「ここはあなたと公武がいます。ですから『おにぎりん』を稼働させる動機はあった。いくら善意でもいきなり避難所へ押しかけたらトラブルを招きます。乙部先生が道庁経由で札幌市へ話をつけてくれました。私も仕事は早いほうだと自負していますが、先生にはかないませんね」  松前は朗らかに笑う。「ということは」と柚月は『おにぎりん』を見る。 「あの『おにぎりん』は何台もあるんですか?」 「そうですね。公武のプログラムの完成を待って商品発表をする段階にありましたから、ざっと百台は稼働可能状態にあります」 「そんなに?」と声が裏返る。「えっと、それって」と視線が泳ぐ。それを見た松前が笑顔をおさめる。 「『おにぎりん』がこれほどあなたに似ているとは想定していませんでした。まったくあいつはどんなふうにデザイナーへイメージを伝えたんだか。まさに肖像権の侵害です。もちろん変更させていただきます」  ですが、と続ける。 「今日明日というわけにはいきません。とりあえずほかの避難所へ持っていく『おにぎりん』については頭部を布でおおって稼働させる予定です。了承していただけますか?」  のっぺらぼうのおにぎりロボットが滑らかな指さばきでおにぎりを握る様子を想像した。首を振る。 「小さい子どもが怖がって泣き出しそうです」 「そうか──それもそうですね」と松前は口元に手をやった。どうすべきかと思案しているようだ。柚月は大きく肩をあげた。 「いいです。そのまま顔を出して『おにぎりん』を稼働させてください」 「ですが」 「ほかの避難所のみなさんを、元気にしてあげてください」  お願いします、と頭をさげる。  松前がうなり声をあげる。やがて真顔になって力強くうなずいた。 「お気持ち、ありがとうございます。わかりました。任せてください」  そして小一時間たったころだ。  体育館から歓声があがった。体育館で大型扇風機がフル稼働をはじめたのだ。  巌がおいていったコンパクト蓄電池、それに柚月のソーラー充電器に災害用チームのコンセントアダプタ各種を組み合わせ空調調節が成功したのだ。  小清水に沼田をはじめ、年配者だけでなく妊婦や子どもたちも「涼しいー」と大喜びだ。ほかにも避難所設備を細かに調整をして「こんなもんだろう」とメカニカル部門主任が両手をあげた。 「師匠」と営業が柚月の肩を叩いた。 「じゃあ公武のことを頼みますねー」 「へ? それってこれからみなさん、ほかの避難所へ移動されるってことですか?」 「まず会社へ戻ってほかのワンボックス車を準備してからですね。ああ、このワンボックス車と公武は置いていきますのでご安心を」 「公武さんがひとりで『おにぎりん』を動かすんですか? ソーラーパネルの電気の調整とか? 炊飯も?」 「こう見えても、こいつはウチの社員なんで。どんだけ専門外でも基本的なことは研修で叩きこんであります」  な、と営業は公武の背中を叩く。  どれほどの内容を叩きこまれたのか。「あれで基本的?」と公武にしては珍しく大きく眉をしかめた。 「ちょっと待ったー」とメカニカル部門主務が営業へ詰めよる。
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