4.俺の唯一の楽しみはお前の飯なんだ!

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「どうした? なんかあったのか?」  巌の声と同時に『なあなあ』と陽翔からの催促が入る。巌へ「なんでもない」と返し、陽翔へ『カニかな』と返信をする。不意に巌が勢いよく両手を合わせた。 「うまかったー。ごっそーさんっ」  いいつつ巌は柚月を凝視する。目の前に俺がいるのにスマートフォンを触っているなよ、といいたいらしい。ああはいはい、と画面を閉じる。 「で? 晩飯はなに?」 「いま食べたばっかりでしょう?」 「俺の唯一の楽しみはお前の飯なんだ」 「悲しいことをいわないでよ」 「なんでだ。喜ぶところだろうがよ」  えー? と顔をしかめながら冷蔵庫の中身を思い出す。 「そうだなあ。──アスパラの肉巻きに小松菜のお浸し、長芋のきんぴら、それからキャベツのお味噌汁はどうかな」 「やったー。最高っ」  雄叫びをあげて巌は席を立つ。その背中を見てギョッとする。 「お父さん、背中どうしたの? 泥だらけよ」  おお? と巌は背後へ首を回す。 「あー、ちょいと露頭でな。ちゃんと払ってはあるから家の中に泥は落ちてないはずだ。心配するな。自分で洗濯する」 「そうじゃなくて怪我は? どこか痛むの?」 「そんなヘマはしねえ」 「本当に?」と語気を強めると、証明するように巌は腕や背中を大きく動かしてみせた。 「──無茶したら嫌だから」 「わかってる」  ニカッと笑って巌はその場でシャツを脱ぎ、「洗濯ついでに風呂に入るわー」と洗面所へと向かっていった。  柚月は大きく息をはく。  いつだったか、野外調査先で学生を助けようとして腕を折る怪我をしたこともあった。今回は大丈夫みたいだけど。胸に手を当てる。 「……あのときのおばあちゃんの気持ち、すごくわかるなあ」  おばあちゃん、怒っていたもんなあ。こんなふうに心配だったのね。  シャワーの音を聞きながら、よおし、と立ちあがる。  もう一品、お父さんが好きないももちとか作ろうかな。  ポスドクさんも助けてきたご褒美ご飯ということで、しっかり食べて力をつけてもらおう。  ね、おばあちゃん。  柚月は祖母の遺影へ笑いかけた。
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