4.正しいことだから──苦しいんだ

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   *  その昼過ぎだ。  体育館の掲示板の前にいつもに増して人垣ができていた。  小清水もいて「柚月ちゃん」と手招きをする。「どうしました?」と近よると、「これこれ」と貼り紙を指で示された。  花火大会のお知らせ、とあった。 「え? グランドでやるんですか?」 「違うって。毎年やってる新聞社主催の打ち上げ花火大会だってさ」 「ええっ。こんなに地震が続いているのに打ち上げ花火だなんて大丈夫なんでしょうか? わたし、てっきり中止になったとばかり思っていました」 「あたしも驚いたさ。しかも協賛企業も百社近くあるってさ。よっぽど気をつけてやるんだろうね」 「百社っ? そんなにっ? しかもこれ、今日ってありますよ? 急すぎませんか?」 「天気はいいからね。開催に問題はないだろうね」  あれ? と柚月は首をかしげて文面を読み直す。 「開催場所が書いてありません。どこでやるんでしょう」  いつもなら札幌市を南北に流れる一級河川、豊平川の河川敷で開催される。中島(なかじま)公園の近くで大変な人出となる花火大会だ。そこまでいかなくても天陣山でも見えるので巌が張り切って柚月を誘うのが常だった。  毎年札幌市民が楽しみにしている花火大会だった。 「やっぱり河川敷でやるんでしょうか」  うんにゃ、と沼田が話に加わる。 「そこじゃやらないって話さ。それこそ余震が続いているからな。見物客が押しよせたら危ないさ」 「だったらどこで?」 「どこでもだべ」 「へ?」  沼田は満面の笑みでもう一枚の花火大会のお知らせを指さした。 『花火は避難所からもご覧いただけます。避難状況に合わせてお楽しみください』とある。 「なんでもデカい尺玉を打ちあげるって噂だ。どこからでも見えるようにってさ。応援花火だな」  札幌市民よ、避難生活は大変だけど、ともにがんばって乗り切ろう──。そういうエールらしい。 「へえ、花火大会ですか」  公武がお知らせの貼り紙をのぞき込んでいた。  途端にドキンと胸が鳴る。公武は「何時からなんですか?」と柚月へ顔を向けて、なぜか「あ」と視線をそらした。ギクシャクした動作でお知らせの文字を目で追っている。 「阿寒さん、なんだい? 腹でも痛いのかい?」 「いえ、そういうわけでは」と歯切れ悪く沼田へ返して、お知らせへ視線を戻している。  ……そういえば陽翔くんは公武さんにもメッセージを送ったとか書いていたっけ。陽翔くん、なにを書いたんだろう。  そうじゃなくて、と顔をあげる。  これは絶好のチャンスだ。  目を閉じ呼吸を整える。小さくうなずいて公武へ「あの」と声を出した。同じタイミングで公武も「あの」と呼びかけていた。へ? と互いに笑い顔になって再びあげた声、それがまたゆるく重なる。 「花火を一緒に見ませんか?」
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