5.──柚月が転ばないように、怪我をしないように──

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5.──柚月が転ばないように、怪我をしないように──

 いまだ地震は続いている。  いつもっと大きな地震が起きるかわからない。  だから、この避難所から気軽に外へ出るのは控えるべきだ。それでも──。  柚月は公武へ「あの」と声を出した。 「着替えに戻りたいんです。家へついてきていただけますか?」  ──ひとりで帰るな。阿寒についてきてもらえ。  巌のいいつけだ。せめてそれは守ろうと思った。……危険ですと止められるかな。ビクビクして公武の反応をうかがう。  けれど公武は「いいですよ」と明るく返した。 「僕も着替えを取りにいきたかったんです。すぐにすみますから、寄ってもいいですか?」 「あ、はい。もちろん」 「明るいうちがいいですよね。さっそく出かけましょう」  公武はてきぱきと小清水たちへ断りを入れる。これまた拍子抜けするほど「二人で? なんもなんも。いいんでないかい?」と快諾された。小清水も沼田も満面の笑みだ。  ……あー、なんか期待されているなあ、と思いつつ手渡されたヘルメットをかぶる。  追い出されるように正門を出てハッとした。  道路のそこかしこに亀裂が入っていた。避難してきたときよりずっと多い。  思わず立ち止まってあたりを見回す。鉄骨がむき出しになったブロック塀。凹凸だらけの舗装道路。電柱は傾き、電線はそこかしこに垂れ下がっている。通りの反対側では半壊している民家も見えた。 「大丈夫ですか?」  公武の声で我に返る。「ああ、はい」と出した声が思いがけずかすれた。  ……情けない。拳を握る。地震が起きているんだから。こんな光景は当たり前で、びっくりすることなんてなにもなくて。お父さんからもさんざん聞かされていたことで──。   ふわっと右手があたたかくなる。公武が手をつかんでいた。 「僕がいます。大丈夫です。あわてなくてもいいのでいきましょう」  そのまま公武は柚月の手を引っ張って歩き出す。  公武の手があたたかくてホッとする。同時につかまれた右手に公武を感じでドキドキする。先に立ち寄った公武のアパート前で「すぐに済みますから」と手を離されると、心もとなさが押しよせたくらいだ。  だからだろうか。  ひとりになって見回した街。それが異様なほど静かだった。  人の話し声はもちろん、車の音、モーターの音、ドアを開け閉めする音に機械音、人が起こす音という音が聞こえなかった。街がシンと静まり返っている。唾を飲み込む音も大きく聞こえる。  不意にドアが開く音がした。ビクッと身体が大きく跳ねる。出てきた公武が目を丸くする。 「す、すみません。驚かせましたか?」 「い、いえ。あんまり静かだったのでドアの音が大きく聞こえて」  へ? と公武は視線を外へやる。 「そうですか? 僕はけっこううるさいって思いました。ほら、葉がこすれる音とか虫の音とかカラスとかハトとかスズメとか。人がいないせいか、やたら大きく聞こえて」  それにほら、と公武は笑みになる。
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