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目に力を入れて公武の浴衣をつかみなおそうとした、そのときだ。
浴衣から離れそうになる柚月の指を、公武がつかんだ。呆けたような顔でおそるおそる公武は声を出す。
「──僕で、いいんですか?」
大きく眉が歪む。いくつもの陽翔の声がよみがえった。
──あの人、いっつも自分の気持ちは後回しにして、おれのことを気づかうんだ。『柚月さんの隣にいるのが僕ですみません』とかさ。
──柚月じゃないと公武さんを支えられないよ。公武さん、駄目になるよ。
──頼むよ、柚月。
目を閉じ、胸で「うんっ」と叫ぶ。まかせて陽翔くん。大きく肩をあげて「わたし」と口を開いた。
まさにそのときだった。
スマートフォンが鳴った。
腕からさげていたサコッシュの中で花火に負けない大音量を鳴らしている。
なにかあるといけないからと、避難所を出るときに公武から指摘されて音量をあげていた。あわてて取り出し発信者を見る。
父・巌だった。
咄嗟に画面に触れてしまって巌の大声があたりへ響く。
『柚月―。どこにいやがるっ。避難所へいったら、お前いないしっ。返事しろやーっ。無事かーっ』
「無事ですっ」と思わず公武が声を返す。
『阿寒か? なんでお前が出る。一緒にいるのか? 柚月から離れろや、この野郎っ』
「荷物を取りに家へいきたかったの。家に帰るときは公武さんについてきてもらえってお父さんがいったから頼んだのよ。小清水さんたちにも伝えておいたわ。それからお父さん、家の灯りだけど──」
『昼間にいけよっ』と声をかぶせられた。礼をいいたくても伝えられない。
『俺はお前と一緒に花火を見たくて必死で戻ったのによおっ』
「ああそれは本当に申し訳ありません」
『だからなんでお前が口を出す? 柚月になにかしたら承知しねえぞ。さっさと離れろやっ』
ああもう、となんだかばかばかしくなって笑い声が出た。『笑いごとじゃねえぞゴラ』と巌がいえばいうほど笑みになる。
不意に公武が真顔になった。真剣な眼差しで柚月を見ていた。
「公武さん?」
「柚月さん」
怖いほどの真っすぐな眼差しで公武がスマートフォンごと柚月の手を取る。
「──あなたのその笑顔を、ずっと見ていてもいいでしょうか」
「え?」
「あなたのそばで、あなたの隣に、これからもずっと、僕はいてもいいでしょうか」
唇が震えた。眉も震える。呼吸をするのが苦しくなる。それを必死でこらえて声を絞り出す。
「──どこかへいっちゃ、嫌です。ずっと、ずっとそばにいてくれなくちゃ嫌です」
柚月さん、と公武の顔がくしゃりと崩れる。
「僕も──僕は、あなたが好きです」
はい、と柚月も顔をくしゃくしゃにする。胸がいっぱいでなにも考えられない。花火に照らされる公武の顔を、ただひたすらに見つめていると『くっそー』とスマートフォンから巌の怒鳴り声が聞こえた。
『筒抜けだぞっ。お前ら、親の前でこんなに堂々と。ふざけんなゴラっ』
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