1.柚月の弁当は本当に──うまそうだなあ

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1.柚月の弁当は本当に──うまそうだなあ

 教室へ入った途端だ。 「柚月―、おはよう柚月―」と声をかけられた。  陽翔だ。  黒板の前で柚月へ両手を振っている。高校夏服の白シャツをたくしあげて、子犬のような笑顔だ。 「柚月―っ、カニだよ。カニだからねーっ」  続けられて、ん? と首をかしげた。その柚月へ仁奈と亜里沙が「柚月、おはよう」と声をかける。 「行灯のアイデアだってさ」 「帰りのホームルームで出し物を決めるから、ああやってPRしているんだよ」 「二人ともおはよう。そういうことね。PRが必要なくらいほかに候補があるの?」 「二、三個かなあ。それにアレを見て」と仁奈が前方を指さした。  黒板脇の掲示板に『クラスの出し物は模擬店、飲食枠に決定』と大きな文字で貼り紙がしてあった。 「やった。わたし、食べ物屋さんがやりたかったの」  ねー、あたしも、と二人が続く。「なんだよーっ」と陽翔の声が飛んできた。 「柚月も行灯やろうよ。カニはいいぞお。なんといってもカニだからさあ」 「だからなんでカニだよ」と周りの男子から野次が飛ぶ。 「夏っていったらカニでしょうが」と陽翔は明るく笑って、登校してきたほかのクラスメイトにも「カニをよろしくうっ」と声をかけていく。  休み時間も陽翔は積極的にカニPRだ。  事あるごとに「カニ、カニ」と声をあげ、昼休みにはカニのイラストを掲示板へ貼りつけていた。  柚月がSNSで見た画像ではない。絵心のある誰かが陽翔のラフ画をもとに描き起こしたらしい立派なカニのイラストだった。  おお、と声が漏れる。 「すごい情熱ね。そりゃうちの高校の行灯作りは毎年本格的だけど」 「あんたがそれをいう?」と仁奈が笑った。 「どういう意味?」 「あんたのお弁当への情熱も陽翔くんに負けていないってこと」 「そうかなあ」 「ホント、すごい情熱だよ」と亜里沙も大きくうなずく。仁奈があらためて柚月の弁当箱を見る。 「何時に起きたの?」 「ん? 五時かな」 「五時っ」と二人は声を裏返す。 「あー、わたし、とろいからお弁当作りに時間がかかっちゃうのよ」 「それを情熱っていうんでしょ」 「だっておいしいお弁当があると一日が楽しくなるでしょう?」 「そりゃそうだけど」 「おばあちゃんがそういって作ってくれていたのよ。お父さんも楽しみにしているしね」 「出たよ、ファザコン」とこれまた二人が声を合わせたときだ。 「おおお」と感嘆の声がした。陽翔がすぐ隣に立っていた。
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