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3.俺は土曜の話を聞いてねえぞ、ゴラ
夕飯の席である。
「実はね」と柚月はダイニングテーブルへ阿寒の名刺を置いた。阿寒とのいきさつをさらりと伝える。巌は「ああ?」とビールグラスを乱暴に置いた。
「なんだそいつは。気味が悪いな」
「またそんなこといって」
「だってお前はセーラー服を着ていたんだろう? なのにひるまず『握り飯を食ってほしい』? どんなロリコンだよ」
「いいすぎだから」
「そもそも俺は土曜の話を聞いてねえ」
「いちいちいわないわよ」
「いえよ。聞きてえよ。どこでどんなふうに出会ったんだよ。もっと具体的にいえよ。なんでそいつは俺の握り飯を食ってんだよ」
俺の愛するタコさんウインナーも食っただと? 冗談じゃねえ、返せよ俺の土曜日を~、うんぬん。
パシンと柚月はテーブルへ箸を置く。
「お父さん、しつこい」
「だってよ」
「なによ」と柚月が巌へ鋭い眼差しを向けたときだ。
つけっぱなしにしていたテレビからチャイム音が聞こえた。
地震速報だ。
途端に巌は椅子を蹴った。国営放送へチャンネルを変え、同時にスマートフォンで震源の検索をする。
「紀伊水道かー。……あそこなら揺れてもしゃあねえわな」
いつもの乙部家の光景だ。
巌がこの調子なので、柚月は中学へあがるまで「地震があったら、人は怖がるのだ」ということを知らなかった。
ひととおり情報を仕入れて満足したのか、巌は上気した顔で冷めた味噌汁をすすった。
「ここもいつシャレにならねえ揺れがくるかわからねえ。覚悟しておけよ。なにしろ地震は──」
「備えることしかできない、でしょ?」
「おう。ほんじゃあまあ、ちょっと調べてみるか」
「紀伊水道の地震を?」
「阿寒だ。ヤバい会社じゃなけりゃ、ひとつくらいは検索でヒットするだろう」
いうがはやいか、巌はわしわしとハンバーグを平らげる。
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