3.俺は土曜の話を聞いてねえぞ、ゴラ

2/2

21人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
「ごちそーさん」と食器を流しへ片づけて、阿寒の名刺を片手に仕事部屋へ入っていった。 「わたしはまだ食べているのにー」  頬を膨らませてハンバーグを口へ入れる。  大根おろしも甘くすれたし、シソの風味が爽やかだ。お父さんにもこれをわかってもらいたかったのになあ、と遺影の祖母へ視線を向ける。  やがて仕事部屋から「うお?」とか「はあ?」と声が聞こえた。  なにを見つけたんだか。……気になる。  そそくさと残りのご飯を平らげて、食器もそのままに柚月は巌の仕事部屋へ向かった。  開けっ放しだったドアから顔をのぞかせると、巌が振り返って「ほれ」と顎をしゃくった。パソコンモニターを見ろということらしい。 「俺はまったくの専門外だから知らなかったんだけどな」  モニターには何ページにも渡って『阿寒公武』の文字があった。 「え? すごい。有名人?」 「機械学習業界っつうかディープラーニング業界ではそこそこメジャーらしいな。ドクター取る前から結構期待の新人あつかいされていたっぽい」 「ドクター? 博士号を持っているってこと? すごい」 「俺だって持ってる」 「ああはいはい」 「なんだよ、俺だってすごいだろう」と阿寒に張り合いながら巌は「こいつ、京都の大学を出ている。出身もそっちらしい」と続けた。 「きょうとだいがく?」  思わずひらがなで聞き返した。  そんなにすごい人だったなんて。おにぎりを追いかける姿からは想像もつかない。 「こんなやつがどうして民間にいるんだ? その大学で助教もやっていたみたいだしよ。科研も小さいやつだが二つ持っていたぞ。業績だって結構ある。それなのに握り飯? わけわかんねえな」 「そういえば、会社では最年少だっていってた」 「とすると縁故問題か? 就職せざるを得なかったってか? ──苦労人かよ」  なんだよもう、と巌は嫌そうにパソコンのメールソフトを開く。 「日曜でいいんだな?」 「返事をしてくれるの?」 「俺も一緒にいってやる」 「えー」 「だってお前、いくなら弁当作っていくだろう?」 「あ、そっか。おにぎりは阿寒さんのがあるとして、おかずは作った方がいいかな。なにがいいかな。とり天? チーズちくわ天?」 「そういうのが悔しいっつってんだよっ」と吠えつつ巌は送信ボタンをクリックする。 「普段もお弁当を作っているでしょう?」 「大学へ持っていく弁当と休みの日に食う弁当はぜんぜん違うっ」 「どう違うのよ」と呆れていると「お」と巌が声をあげる。 「返事がきたぞ」 「早すぎるでしょう?」 「パソコンに張りついてメールを待っていたんじゃねえのか? 俺も是非一緒にとある。大学のアドレスで送ったのが利いたな」 「それ、脅しなんじゃ」 「阿寒がろくでもねえやつだったらどうすんだよ。学歴や業績があったとしても、人間としてまともなやつかどうかはわかんねえだろう」  それ、お父さんがいう? と顎を引く。  声にしていないのに巌は「うるせえよ」と吐き捨てる。自覚があったらしい。 「よおし、日曜な。今度こそピクニックな。ああ、早く日曜にならねえかな」  月曜の夜に、日曜に焦がれる巌なのであった。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加