4.それはもう、とろけるような味わいで──

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4.それはもう、とろけるような味わいで──

 日付変わって火曜である。  登校すると校内の様子が一変していた。  今日から学祭準備解禁。どのクラスも驚くほどの気合の入りようだ。  柚月のクラスも例外ではない。  一歩教室へ入った途端だ。いつもなら陽気に手を振る陽翔が「うす、柚月」と低い声で呼びかけた。 「カニなんだけどさ。このデザインでいいと思う? 色合いはどんなのがいい? シック系? カラフル系?」  えっと、と黒板前へ視線を向ける。  行灯班の女子たちが鋭い視線でこっちを見ていた。 「……わたしは模擬店班だからね。そういうのは行灯班で決めたらどうかな」 「クラスの出し物には変わりがないでしょ」  そうだけど、と口ごもると「ああはいはい―」と仁奈が声をかけてくれた。 「ウチの柚月に頼らないでねー。模擬店班も決めること山積みだから。ほかの班に首を突っ込んでいる場合じゃないから」 「少しくらいいいでしょ」 「私、模擬店班のリーダーなんだけど。なんか文句あるかな」 「……ないです」  すごすごと陽翔は黒板方面へ引きさがっていく。  ホッとして「仁奈、ありがとうー」と手を合わせた。 「陽翔くんってさ。自分の人気をわかってないよね。いつもはなんてことない挨拶でもだよ。祭りになると神経質になるコがいるって、どうしてわかんないのかね」  鼻息をあらくした仁奈が「と、いうのもあるけど」と、急に弱い声になる。 「模擬店班もちょーっとピンチでね。柚月の力が必要なんだよ」 「ど、どうしたの」 「ホームルームで頼むから」 「だからなにを」と繰り返すうちにホームルームがはじまった。  学祭の班に分かれての打ち合わせだ。  模擬店班は甘味処。メインメニューは白玉団子に決まった。安いし手軽にできるし、傷む心配もさほどない。学祭にうってつけだ。  問題はその次だ。 「白玉の味なんだけど、定番のきな粉と、それからシロップがけにしたいよね。そこで」  仁奈、亜里沙をはじめメンバー全員が柚月へ両手を合わせた。 「柚月の梅シロップを使わせてください」  はいっ? と声が裏返る。 「どうしてわたしの梅シロップ?」 「亜里沙から聞いたんだよ。柚月の梅シロップがすっごくおいしいって。うちらも食べたいし、学祭でもきっとみんなが喜ぶよ」 「ごめんなさい。口が滑りましたっ」  メンバーの声に亜里沙が柚月へ両手を合わせる。  ピンチってこういうこと?   仁奈を見ると小さく「ごめん」と口を動かしていた。 「お願い、柚月」  メンバー全員に繰り返される。 「材料代は出すから。少しでもいいから融通できないかな」と仁奈が申し訳なさそうに続けた。  顎に手を当てる。  この梅シロップ、巌の大好物だった。
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