21人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
4.それはもう、とろけるような味わいで──
日付変わって火曜である。
登校すると校内の様子が一変していた。
今日から学祭準備解禁。どのクラスも驚くほどの気合の入りようだ。
柚月のクラスも例外ではない。
一歩教室へ入った途端だ。いつもなら陽気に手を振る陽翔が「うす、柚月」と低い声で呼びかけた。
「カニなんだけどさ。このデザインでいいと思う? 色合いはどんなのがいい? シック系? カラフル系?」
えっと、と黒板前へ視線を向ける。
行灯班の女子たちが鋭い視線でこっちを見ていた。
「……わたしは模擬店班だからね。そういうのは行灯班で決めたらどうかな」
「クラスの出し物には変わりがないでしょ」
そうだけど、と口ごもると「ああはいはい―」と仁奈が声をかけてくれた。
「ウチの柚月に頼らないでねー。模擬店班も決めること山積みだから。ほかの班に首を突っ込んでいる場合じゃないから」
「少しくらいいいでしょ」
「私、模擬店班のリーダーなんだけど。なんか文句あるかな」
「……ないです」
すごすごと陽翔は黒板方面へ引きさがっていく。
ホッとして「仁奈、ありがとうー」と手を合わせた。
「陽翔くんってさ。自分の人気をわかってないよね。いつもはなんてことない挨拶でもだよ。祭りになると神経質になるコがいるって、どうしてわかんないのかね」
鼻息をあらくした仁奈が「と、いうのもあるけど」と、急に弱い声になる。
「模擬店班もちょーっとピンチでね。柚月の力が必要なんだよ」
「ど、どうしたの」
「ホームルームで頼むから」
「だからなにを」と繰り返すうちにホームルームがはじまった。
学祭の班に分かれての打ち合わせだ。
模擬店班は甘味処。メインメニューは白玉団子に決まった。安いし手軽にできるし、傷む心配もさほどない。学祭にうってつけだ。
問題はその次だ。
「白玉の味なんだけど、定番のきな粉と、それからシロップがけにしたいよね。そこで」
仁奈、亜里沙をはじめメンバー全員が柚月へ両手を合わせた。
「柚月の梅シロップを使わせてください」
はいっ? と声が裏返る。
「どうしてわたしの梅シロップ?」
「亜里沙から聞いたんだよ。柚月の梅シロップがすっごくおいしいって。うちらも食べたいし、学祭でもきっとみんなが喜ぶよ」
「ごめんなさい。口が滑りましたっ」
メンバーの声に亜里沙が柚月へ両手を合わせる。
ピンチってこういうこと?
仁奈を見ると小さく「ごめん」と口を動かしていた。
「お願い、柚月」
メンバー全員に繰り返される。
「材料代は出すから。少しでもいいから融通できないかな」と仁奈が申し訳なさそうに続けた。
顎に手を当てる。
この梅シロップ、巌の大好物だった。
最初のコメントを投稿しよう!