4.それはもう、とろけるような味わいで──

2/2

21人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
 毎年三リットル容器五個分作る。  青梅と氷砂糖は巌が自ら厳選して購入してくる気の入れようだ。  今年も先月中旬に「いいのがあったぞ」と巌が頬を染めて青梅を入手してきた。まさにそろそろ飲み頃だ。その父がいい顔をするだろうか。  うーん、とうなり声が出る。 「提供できるのは、がんばってひと瓶くらいかな。えっとね。シロップだけの量でいうと一リットルちょっと。足りる?」 「やったー」と拍手が起きる。そこへまたもや「え? なになに」と陽翔がやってきた。 「梅シロップ? 柚月が作った? 絶対おいしいでしょ」とはしゃいで、黒板方向からは「陽翔、帰ってこーい」と声がかかる。 「ああはいはい」と仁奈が割って入る。 「陽翔くんは戻って。これからほかのメニューを決めなくちゃいけないんだわ。メインメニューとサブメニューとドリンクメニューとテイクアウト可能メニュー、店内レイアウト、必要な飾りつけピックアップに担当グループを決めるの」  模擬店班全員で「無茶でしょうっ」と声を裏返した。  陽翔は「お邪魔しました」と逃げていく。  その後、細かいメニューを決めて残り時間でグループに分かれて作業をしているときだ。 「……というかさ」と仁奈がぼそりと柚月へ声を出した。 「わかりやすすぎて、いうのもどうかと思ったんだけどさ。あんたがあんまり普通にしているからどうかなって思って」 「うん? なにが?」 「いや、やっぱ、なんでもない」 「えー。またそれ? いってよ」 「ならいうよ? ──陽翔くんって、あんたのこと、好きでしょ」  へっ、とペンを落としそうになる。 「うん、めちゃ好きだよね」と亜里沙もうなずく。 「ちょっと、止めてよ」  そうだね、と亜里沙は声をひそめる。 「適当なことはいえないよね。陽翔くんって人気あるし、狙ってる女子もいるし。でも」 「うん、でも」と仁奈も柔らかい表情で柚月へささやいた。 「柚月にその気があるなら応援するよ?」  その気って、とこわばった顔になる。  だって、だって……個別にSNSをもらっても、ずっと他意はないって思おうとしてきた。陽翔くんは誰にでも人懐っこいからって。勘違いしちゃ駄目って。  なのにそれを二人に『そうじゃない』っていわれても。  そんな急に気持ちを切り替えるのは……。 「あー……ごめん。柚月はまだそういう気分じゃなかったか」 「お父さんラブだもんね」 「そんなことないけど」 「『けど』父、大事でしょ」、「ちょい悪オヤジなんでしょ?」と二人は茶化す。 「大学教授なんてカッコいいもんねえ。そりゃ自慢でもしょうがないよ」 「そんなことないって」  拳を握って主張すると、不意に阿寒の姿が目に浮かんだ。  真剣な顔でおにぎりに向き合う阿寒にスーパーで見かけたスーツ姿の阿寒だ。  え? なんで? 目をしばたたく。  だってまだ二回しか会っていないのに?   なんだか顔が熱くなり、柚月は浮かんだ阿寒を消すようにそっと顔の前で手を振った。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加