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「公共の場、つまり屋外で試食会を実施している画像ですね。撮影してもいいですか?」
「おにぎり会の証拠写真なら、公武さんも一緒に映っていないと信用しないんじゃ?」
ああそうか、と公武はスマートフォンのカメラをインカメラにして柚月の隣に座った。
「じゃあ、わたしはおにぎりを口元に持っていきますね」
「では僕は失礼して、もう少し近よらせていただきます」
カシャリ、カシャリと撮影していく。
男の人と一緒にこんなふうに写真を撮るのははじめてで、照れ笑いをしてしまう。それは公武も同じだったらしい。「これ、焦りますね」と二人で笑い合った画像が撮れた。
さっそく巌へ送信し、おにぎり会を再開だ。
はむっと頬張り、うーん、とうなる。
「……どうでしょう」
「先週よりはおいしいです。お米の粒をしっかりと味わえます」
公武の顔が曇る。
しまった。これじゃあ先週のはよっぽど不味かったっていっているようなものだわ。……そのとおりだったけど。
言葉を切った柚月へ「続けてください」と公武がうながした。
「具の味わいもはっきりわかっておいしいです。そうですね。わたしはもうちょっと具がご飯に馴染んでいるほうが好きかな」
「『具にご飯が馴染む』とは?」
「あ、えっと、混ぜご飯にしろとかそういうことじゃなくて。どういったらいいでしょうか」
悩んだあげく、「こんな感じです」と自分の握ったチーズおかかのおにぎりを差し出した。
ひと口頬張り、公武は肩を大きくあげた。そのまま動きを止めて目まで閉じた。やがてうめき声を漏らす。
「これが……具とご飯が馴染んだ状態。なるほど。しかし、これはどう再現したものか」
拳を握って、「遠い、遠い場所だなあ」と声を震わせた。
「そんな大げさな」と柚月はあわてたけれど、公武はチーズおかかおにぎりをしみじみと眺めた。
「人の手の力とは不思議ですねえ。同じ炊いた米を使っても、まるで違うおにぎりができる。機械学習させるたびに思うんです。人の手ってすごいんだなあって」
「わたしはそういうことを考えたこともありませんでした」
「そうですよね」
「あ、でも、祖母はよくいっていました。お米には七人の神様がいるって。だから一粒も無駄にせず、大切に食べなさいって」
茶碗のご飯は一粒も残さずにいただく。
炊く前に洗った米をすすぐときには一粒もこぼさないよう気をつかう。
お米の神様に対する礼儀だ。
作った農家さんへも礼儀をつくせ。
柚月はそう、祖母から教わった。
「おにぎりを握るときも、そういう気持ちが働く気がします。それが味の違いになるのかも。そういう意味では人の手はすごいなと思います」
公武はうなる。
「お米の神様を崇め奉る思い。それを機械学習させるのは──」
一層公武は肩を落としていく。
しまった。また余計なことをいっちゃった。どうしたら、と思ったところで公武は「いえ」と顔をあげた。
「そうですよね。それくらいを目指さないと柚月さんのおにぎりには到底近づけませんよね。精進します。ただ、実は明日、社内でおにぎりの発表会がありまして。それまでになんとか目途がついたらと思っていたんですが」
甘くないですね、と語尾が弱くなる。励ます言葉が見つからない。
なにかいわなくちゃ、と目を泳がせて「発表会といえば」と言葉を続けた。
「わたしも来週、学祭なんです」
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