1.札幌の6月は最高に気持ちがいいんです

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1.札幌の6月は最高に気持ちがいいんです

 ひゃあ、と柚月(ゆづき)はあわてて足を引っ込めた。 「ちょっとお父さん。床にハンマーの土が落ちているわ。踏んじゃったでしょう。ちゃんと拭いてから家の中へ入れてよ」  リビングで新聞を読んでいた父・(いわお)が「あー?」と間延びした声をあげた。 「細けえことをいうなよ。それよりお前、なんで俺の仕事部屋にいるんだよ」 「ピクニックで使うレジャーシートがあるかと思って」  ああそれなら、と巌が新聞をおろしたときだ。巌のスマートフォンが鳴った。カリブ海の海賊映画のテーマソング。しかも大音量だ。その音量に負けないほどの大声で「おうっ、俺だっ」と巌はドスの効いた声を出す。 「なんだお前か。休みの日にどうした。ん? 凝灰岩(タフ)の場所がわかんねえ? ……博士研究員(ポスドク)がなにいってんだ? ああ? 怒ってねえよ。呆れてんだよッ。ん? ちょっと待て。お前、どこにいるんだ?」  巌の口調が変わって柚月はリビングへ顔をのぞかせた。巌は新聞を持ったまま仁王立ちで通話をしている。髭面で体格がいいので他人が見たら逃げ出すだろう迫力だ。はあっ? と巌は声を裏返す。 「四年の付き添いで樽前(たるまえ)? 聞いてねえっつうか、お前は火山屋じゃねえだろうが。おお? いまの音はなんだ? 小石が降ってきた? あぶねえなあ。しっかりヘルメットをかぶっておけよ。は? 持ってきてねえ?」  ばっかやろうがっ、と巌は吠えた。 「蒸れるとかいってんじゃねえわっ。フィールドの基本だろうがっ。アカハラ? ふざけんなっ。命のが大事だわっ。ああもう、すぐにそこへいくから動かずに待っていろっ。いいなっ」  巌は鼻息あらく通話を終える。それから我に返ったように巌は背筋を伸ばした。そおっと柚月へ振り返る。 「あ、あのな、柚月」 「ピクニックへいけなくなった?」 「えっとあの、すまん」 「お父さんがいきたいって駄々をこねたのに」 「──すまん」  まったくもう。頬を膨らませてダイニングテーブルを見る。できあがったばかりの弁当箱が三つだ。彩りよく詰めたのにな。休みの日なのに早起きしたのにな。……しょうがないなあ。 「気をつけていってらっしゃい。晩御飯は?」 「家で食う。あのな、柚月」 「ポスドクさんの命の危機なんでしょう? 早くいった方がいいわよ」 「そこまでは、いや、そうかもしれねえんだが」 「急いだ方がいいわよ」  巌は「すまん」とうなると仕事部屋へ駆け込んだ。なにやら激しくものをぶつける音がする。やがてヘルメットやらハンマーやらを手に取り、それを壁にぶつけながら玄関へ向かっていく。  靴を履いて巌は柚月へ向き直る。 「すまんっ」 「わかったから」 「すまーんっ」  しつこく繰り返し、巌は嵐のように飛び出していった。 「……あーあ」
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