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2.祭り前の必死な時間って、どうしてこんなに楽しいんだろうね
翌日月曜日。
学祭まであと二日だ。
気合をいれてジャージ姿で登校すると、クラスの大半もジャージ姿だった。中でも黒板前に集まっていた行灯班はすでに疲労困憊ムードだ。
先に登校していた亜里沙へ柚月はそっと声をかける。
「あそこ、どうしたの?」
「あああれ? 土日かけて行灯作りをしたんだってさ。徹夜の子もいたみたいよ」
「どこで? 学校には入れないわよね」
「メンバーの家がこの近所にあるんだって。行灯も余裕で入るガレージがあって、そこで作業をしたらしいよ」
札幌でも四本の指に入る進学校だ。
医者の両親を持つ生徒も多い。自宅が広いというのも納得だ。
感心をしていると、「はいはいー」と陽翔が手を叩きながら教室へ入ってきた。
「追加でカニに塗るアクリル絵具を持ってきたよ。休み時間にコツコツ塗っていこうぜー」
追加っ? と行灯班が声を裏返す。
「聞いてないよ。夕べの作業で完成だと思っていた」
「重ね塗りした方が迫力が出るでしょ」
「いや知らねえし」、「いまさらどこを塗るのよ」、「お前、こだわり過ぎなんだよお」と行灯班の空気が悪くなっていく。
登校してきた仁奈が「なに、どうしたの」と声をひそめて聞いてきたほどだ。
そこで陽翔が「じゃーん」と声をあげた。ひとかかえはある大きな袋を掲げている。
「みんな大好き、星印のカツモトです。担任の先生からの差し入れだよー」
わあっ、とクラス中が沸きあがる。
「クラス全員分あるからさ。模擬店班も飲んでくれよー」
星印のカツモト。
北海道限定の乳酸飲料で道民のソウルフードならぬソウルドリンクだ。
「カツモトだって」、「やった、大好き」と仁奈と亜里沙もウキウキと立ちあがり、「はい」と柚月へカツモトの紙パックを手渡した。
「柚月、飲んだか? 飲んでいるかー」
陽翔の声に「ああうん、ありがと」と小さく手をあげる。仁奈がカツモトをすすりながら苦笑した。
「陽翔くんって相変わらずうまいよね。あっという間に険悪な空気を変えちゃったもんなあ。カニの塗装だってちゃんとやらせるんだろうね」
「差し入れは先生からだけどね。でも」と亜里沙は声を落とす。
「……陽翔くん、がんばっているよね。目の下、すごい隈だよ。あれは貫徹だね」
「ほかの行灯班もひどい顔だし。みんながんばっているよね」
「ウチも土曜日に予行練習してがんばった気になっていたけどさ。改善点は山ほど出たし、のんびりしていられないっていうか、なんていうか」
三人で顔を見合わせる。
「あ、あたし手順の確認をしよう」、「私も提出物の確認をするわ」、「わたしは容器ボックスの札つけをするね」とあわただしく作業へ取りかかった。
飾りつけの補強や小銭入れの準備など、やるべきことは山ほどある。
授業合間の小さな休み時間や昼休みに作業を進め、放課後はクラスの誰もがジャージ姿で本格的な準備だ。
そんなふうに夢中で準備していると、バケツの水を替えにいっていた亜里沙が「ちょっとヤバいって」と顔色を変えて戻ってきた。
「ほかのクラスの子に聞いたんだけど、ウチの『杏仁豆腐クラッシュ梅ゼリー』がすっごく評判になっている」
「なんでよ。秘密のメニューにしたでしょう? 数量限定であんまり提供できないからって」
柚月が眉をよせると「ああ、それおれー」と陽翔が明るい声を出した。
「すっげえうまそうだから、部活の後輩とかにもいいまくった」
「なんてことしてくれんのよっ」と仁奈は陽翔へ詰めよる。
「本当に少ない量しか提供できないから黙っていたのに。買えなかった子たちにクレームつけられたらどうすんの」
「ほかのメニューもうまそうだから騒ぐやつなんていないさ。それに手に入れにくければそれだけ価値があがるって」
「そういう問題じゃないっ」と、仁奈は顔を真っ赤にする。
陽翔の宣伝効果は絶大で、柚月も廊下を歩くたびにほかのクラスの子たちから「梅ソーダの梅シロップって柚月が作ったんだって?」とか「あっさり餡の白玉お汁粉、楽しみにしているねー」と声をかけられるありさまだ。
「ああもう、どうする?」、「すっごいプレッシャーなんですけど」、「本当だよ。手順確認をもう一度やってもいい?」と模擬店班は柚月だけでなくて涙目だ。
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