2.祭り前の必死な時間って、どうしてこんなに楽しいんだろうね

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 帰宅すると「お帰りっ」と巌が待っていた。 「飯はできているぞ。手を洗ってこい」  へ、と一瞬で我に返る。  あわてて手を洗ってリビングダイニングへ入る。ダイニングテーブルに大きなおにぎりと湯気の立つ味噌汁が並んでいた。 「お父さんが作ったの? すごいっ」 「ザンギはスーパーのやつだけどな。豚汁はばあさんから教わったやつだ。握り飯は、まあ、お前にはかなわねえけどな。許せ」  これから晩御飯を作るつもりだった。  冷蔵庫になにがあったかなあ、と思いつつ帰ってきた。  キツイなあ、疲れたなあ、と思っていた。それなのに──。 「食べていい?」 「おう。食え」  いただきまーす、と両手を合わせて味噌汁をすする。味噌の風味が身体いっぱいに広がって目尻がきゅーっとさがる。 「豚の脂の旨味が最高。すっごくおいしい。お父さん、すごい」  手のひらいっぱいほどの大きなおにぎりにもかぶりつく。ガツンと塩味が口に広がる。それがやみつきになる。  こんなに大きなおにぎりなのに、食べきっちゃいそう。 「無理するな。多かったら残してもいいんだぞ」  心配そうな声を出す巌へ首を振り、「おいしい、おいしい」と完食する。「大丈夫かよ」と作った巌が呆れるほどだ。 「明日からいよいよ学祭本番だな。最終日は一般公開なんだろう? 何時からだ? お前は教室にいるのか?」 「開場は十時だったかな? わたしは教室にいるけど、でも平日よ? 仕事でしょう?」 「有給休暇を取っちゃる。俺が取らないとほかの連中が取りにくいからな」 「そういうものなの?」と答えつつ、そういえば、と公武を思い出した。   公武さん、一般公開へ誘ったけど、きてくれるかなあ。  発表はどうなったかなあ。大丈夫だったかなあ……。  思う先からじわじわと眠気が押しよせた。巌が「おい」と柚月の頭をつつく。 「ダイニングテーブルで寝るな。ここは片づけておくから、風呂に入ってもう寝ろ。明日も早いんだろう?」  うん、と立ちあがり、睡魔と戦いシャワーを浴びた。ストレッチもせずにベッドへ横になる。あっという間に眠りに落ちた。  やがてにぎやかな雀の声で目を覚ました。  カーテンを開けると雲ひとつない青空が広がっていた。  わあ、と頬を緩めて深呼吸をする。不意に公武の声がよみがえってきた。  ──大変でしょうが、がんばってください。いましかできないことですから。  ……本当だなあ。  いまはまだ実感がないけど、きっとこれはかけがえのない時間なんだ。  仁奈の顔が脳裏に浮かんだ。亜里沙の顔も続く。  胸に手を当て口角をあげる。  よおし、学祭を楽しむぞ。
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