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帰宅すると「お帰りっ」と巌が待っていた。
「飯はできているぞ。手を洗ってこい」
へ、と一瞬で我に返る。
あわてて手を洗ってリビングダイニングへ入る。ダイニングテーブルに大きなおにぎりと湯気の立つ味噌汁が並んでいた。
「お父さんが作ったの? すごいっ」
「ザンギはスーパーのやつだけどな。豚汁はばあさんから教わったやつだ。握り飯は、まあ、お前にはかなわねえけどな。許せ」
これから晩御飯を作るつもりだった。
冷蔵庫になにがあったかなあ、と思いつつ帰ってきた。
キツイなあ、疲れたなあ、と思っていた。それなのに──。
「食べていい?」
「おう。食え」
いただきまーす、と両手を合わせて味噌汁をすする。味噌の風味が身体いっぱいに広がって目尻がきゅーっとさがる。
「豚の脂の旨味が最高。すっごくおいしい。お父さん、すごい」
手のひらいっぱいほどの大きなおにぎりにもかぶりつく。ガツンと塩味が口に広がる。それがやみつきになる。
こんなに大きなおにぎりなのに、食べきっちゃいそう。
「無理するな。多かったら残してもいいんだぞ」
心配そうな声を出す巌へ首を振り、「おいしい、おいしい」と完食する。「大丈夫かよ」と作った巌が呆れるほどだ。
「明日からいよいよ学祭本番だな。最終日は一般公開なんだろう? 何時からだ? お前は教室にいるのか?」
「開場は十時だったかな? わたしは教室にいるけど、でも平日よ? 仕事でしょう?」
「有給休暇を取っちゃる。俺が取らないとほかの連中が取りにくいからな」
「そういうものなの?」と答えつつ、そういえば、と公武を思い出した。
公武さん、一般公開へ誘ったけど、きてくれるかなあ。
発表はどうなったかなあ。大丈夫だったかなあ……。
思う先からじわじわと眠気が押しよせた。巌が「おい」と柚月の頭をつつく。
「ダイニングテーブルで寝るな。ここは片づけておくから、風呂に入ってもう寝ろ。明日も早いんだろう?」
うん、と立ちあがり、睡魔と戦いシャワーを浴びた。ストレッチもせずにベッドへ横になる。あっという間に眠りに落ちた。
やがてにぎやかな雀の声で目を覚ました。
カーテンを開けると雲ひとつない青空が広がっていた。
わあ、と頬を緩めて深呼吸をする。不意に公武の声がよみがえってきた。
──大変でしょうが、がんばってください。いましかできないことですから。
……本当だなあ。
いまはまだ実感がないけど、きっとこれはかけがえのない時間なんだ。
仁奈の顔が脳裏に浮かんだ。亜里沙の顔も続く。
胸に手を当て口角をあげる。
よおし、学祭を楽しむぞ。
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