3.学祭は絶好の──

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 そしてあっという間に最終日、一般公開の日となった。  乙部家は巌の雄たけびではじまった。 「俺がなにをしたってんだよ。ちょっとスケジュール確認を怠っただけだろう。それなのに。くそお。それなのにっ。こんなに楽しみにしていたのになんでだあっ」  柚月の学祭へいく気まんまんだった巌。  その巌に会議のリマインドメールが届いた。巌の関わる文科省プロジェクトで、文科省から視察がくるという重大会議だ。  さすがに代表の巌が会議をすっぽかすわけにはいかない。 「俺も学祭いきてええ」、「学祭、学祭、学祭」、「お前の梅シロップ白玉団子を食いてえっ」、「食いてえったら食いてええ」。玄関を出ても巌は叫び続けていた。 「……梅シロップ白玉団子なんていつでも家で作ってあげるのに」  そうつぶやいたものの、父がこないのはちょっぴり残念だ。  最終日ともなると誰もが動作スムーズだ。  午後に入るとひと息つく余裕もできた。 「わたし、いまのうちにクーラーボックスの氷を足してくるね」と仁奈へ声をかけると、「ひとりじゃ重いでしょう。私もいくよ」、「ならあたしもー」と三人連れ立って教室を出ることになった。  あまりに甘味処が好評だったので、ゆっくり学祭を見るのはこれがはじめてだ。 「お化け屋敷、面白そうだね」、「クレープ屋さんは三件あるんだってー」、「執事カフェだって。あとで見ようよ」と話題は尽きない。でも、と三人で顔を見合わせる。 「……ウチのクラスの行列が一番すごいよね」 「柚月の梅シロップ効果だね」 「陽翔くんの宣伝効果かな?」  ふふふ、と笑い合う。渡り廊下近くまで進んだときだ。亜里沙が「ん?」と足を止めた。 「陽翔くんだ。誰かと一緒だよ。誰だろう」 「あれって──眞帆(まほ)?」  仁奈と亜里沙は顔を見合わせる。  ちらりと柚月へ視線をやって、二人はうなずく。  そして柚月の腕をつかみ、そのままコソコソと陽翔たちのあとをつけはじめた。柚月はわけがわからない。「あのさ」となんどか口を開くと、そのたびに二人がそろって口元へ指を当てた。  やがて陽翔と眞帆はひと気のない校舎裏へ回っていく。  そのころになってようやく柚月は、えーっと、と身構える。  これってその……アレだわよね。二人きりになる必要があるってやつで。そういうのを盗み見るのはちょっと。  仁奈を見る。深刻そうな顔をしていた。亜里沙もだ。  ……興味本位じゃないってこと? ひょっとして二人とも陽翔くんのことを? いや、それはないか。部活の先輩とか後輩とか、ほかの人のことで盛りあがったことがあったもの。だったら?  不意に亜里沙が身を乗り出した。あわてて視線を戻してハッとする。  陽翔が眞帆へ頭をさげていた。  ……振ったってこと? 大きく眉を歪めると、亜里沙と仁奈が柚月の腕を強く引いた。そのまま模擬店の並ぶ廊下へと戻っていく。  仁奈がうめく。 「驚いたね」 「うん」と亜里沙も考え込むような顔つきだ。「あのさ」とようやく声が出る。 「わたしが知らないことを二人は知っていたりするのかな?」 「あー」と二人は視線を泳がせる。「なんていうか」と柚月はがんばって言葉を続ける。 「そういうのって、ちょっと淋しいなって。わたしだけのけ者みたいだし」 「違うよ」と亜里沙が強く柚月の手をつかんだ。 「柚月をのけ者にするとか、そういうことじゃぜんぜんない」 「でも二人は知っていて、わたしは知らない、そういう話があるんでしょう?」  視線を揺らして亜里沙は仁奈を見た。仁奈はあきらめたように、「そうだね」とうなずいた。 「これ以上話がややこしくなると困るもんね。柚月も知っていたほうがいいかもだね」  亜里沙もため息まじりにうなずいた。  そのときだ。
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