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4.ちょっとちょっと──誰?
わあ、と柚月は大きく目を開いた。
「きていただけたんですか? お仕事は?」
「有給休暇を取りました。師匠の晴れ舞台へいくといったら、快く受理されました」
師匠って、と柚月は苦笑する。そして目をすぼめた。
今日の公武は白いコットンパンツに薄い青のリネンシャツ、それに眼鏡をかけていた。
「公武さん、目が悪かったんですね」
「あー、眼鏡でしたね。いつもはコンタクトなんです。より年寄りじみて見えるので外すつもりでしたが。忘れていました」
「よくお似合いです」
ちょっとちょっと、と亜里沙が柚月の腕を引っ張った。
「──誰?」
「えーっと……ご近所さん?」
首をかしげて公武を見ると、「そうですね。間違いないですね」と公武は柔らかい笑みを浮かべた。
「へ、へえ、そーなんだー」と亜里沙と仁奈は棒読みで答える。
「ご近所さんで、下の名前呼びなんだー」、「背も高いしー」、「カッコいいしー」、「ふーん」、「ふうーん」としつこくうなり続け、「そうだ」と亜里沙は目を輝かせた。
「柚月の梅シロップの白玉団子を食べましたか?」
「まだです。おいしそうですね」
「すっごくおいしいですよ。急ぎましょう。完売しているかも」
ほらほら、と亜里沙と仁奈が公武だけでなく柚月の背中も押した。
教室へ入ると「さあさあ柚月。作ってあげて」とエプロンを手渡された。
「えっと、梅シロップ白玉団子でいいですか? ほかにもいろいろありますけど」
「梅シロップは柚月さんが作ったものでしたよね。ぜひそれを。楽しみだなあ」
はい、とほほ笑んでカップへ盛りつけていく。「ああうまそうだ」とカップを受け取る前から公武は上機嫌だ。テーブルへ着いて白玉団子を口へ運び、公武は大きく目を見張る。
「うまい」
「でしょう? そりゃあもう柚月のメニューは大人気なんですよ」
「ちょっと亜里沙、強引よ。公武さん、あわただしくてすみません」
「いえいえ。これ本当にものすっごくおいしいです。梅の香りと味わいが格別ですね。白玉が小さいのがまたバランスがいいです」
「この梅、父が買ってきたやつなんです」
「え? 梅の目利きができるんですか?」
「そんな大したものじゃないんですけど。毎年、梅シロップを楽しみにしていて。もう大変」
「目に浮かぶようです」
ふふっ、と柚月は公武と笑い合う。
「なんなの? 親公認なの?」と仁奈と亜里沙が声を震わせた。「そんなんじゃないから」と小声でたしなめると、「そうだ」と仁奈が弾んだ声を出した。
「学内を案内してあげなよ。客足も落ち着いているから、あんたがいなくても大丈夫よ。行灯も見せてあげたら? ゆっくりしてきていいから」
「へ? いいの?」
どうぞどうぞ、とこれまた仁奈と亜里沙に背中を押されて、こんどは教室を追い出された。気づくとエプロンまで脱がされている。
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