4.ちょっとちょっと──誰?

1/3

23人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ

4.ちょっとちょっと──誰?

 わあ、と柚月は大きく目を開いた。 「きていただけたんですか? お仕事は?」 「有給休暇を取りました。師匠の晴れ舞台へいくといったら、快く受理されました」  師匠って、と柚月は苦笑する。そして目をすぼめた。  今日の公武は白いコットンパンツに薄い青のリネンシャツ、それに眼鏡をかけていた。 「公武さん、目が悪かったんですね」 「あー、眼鏡でしたね。いつもはコンタクトなんです。より年寄りじみて見えるので外すつもりでしたが。忘れていました」 「よくお似合いです」  ちょっとちょっと、と亜里沙が柚月の腕を引っ張った。 「──誰?」 「えーっと……ご近所さん?」  首をかしげて公武を見ると、「そうですね。間違いないですね」と公武は柔らかい笑みを浮かべた。 「へ、へえ、そーなんだー」と亜里沙と仁奈は棒読みで答える。 「ご近所さんで、下の名前呼びなんだー」、「背も高いしー」、「カッコいいしー」、「ふーん」、「ふうーん」としつこくうなり続け、「そうだ」と亜里沙は目を輝かせた。 「柚月の梅シロップの白玉団子を食べましたか?」 「まだです。おいしそうですね」 「すっごくおいしいですよ。急ぎましょう。完売しているかも」  ほらほら、と亜里沙と仁奈が公武だけでなく柚月の背中も押した。  教室へ入ると「さあさあ柚月。作ってあげて」とエプロンを手渡された。 「えっと、梅シロップ白玉団子でいいですか? ほかにもいろいろありますけど」 「梅シロップは柚月さんが作ったものでしたよね。ぜひそれを。楽しみだなあ」  はい、とほほ笑んでカップへ盛りつけていく。「ああうまそうだ」とカップを受け取る前から公武は上機嫌だ。テーブルへ着いて白玉団子を口へ運び、公武は大きく目を見張る。 「うまい」 「でしょう? そりゃあもう柚月のメニューは大人気なんですよ」 「ちょっと亜里沙、強引よ。公武さん、あわただしくてすみません」 「いえいえ。これ本当にものすっごくおいしいです。梅の香りと味わいが格別ですね。白玉が小さいのがまたバランスがいいです」 「この梅、父が買ってきたやつなんです」 「え? 梅の目利きができるんですか?」 「そんな大したものじゃないんですけど。毎年、梅シロップを楽しみにしていて。もう大変」 「目に浮かぶようです」  ふふっ、と柚月は公武と笑い合う。 「なんなの? 親公認なの?」と仁奈と亜里沙が声を震わせた。「そんなんじゃないから」と小声でたしなめると、「そうだ」と仁奈が弾んだ声を出した。 「学内を案内してあげなよ。客足も落ち着いているから、あんたがいなくても大丈夫よ。行灯も見せてあげたら? ゆっくりしてきていいから」 「へ? いいの?」  どうぞどうぞ、とこれまた仁奈と亜里沙に背中を押されて、こんどは教室を追い出された。気づくとエプロンまで脱がされている。
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加