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その柚月へすぐに陽翔が追いついた。
「あのカニ、柚月に一番見てもらいたかったんだから。すごくがんばったんだぞ」
「そうだよね。すっごく迫力がある仕上がりだった。がんばったよねえ。徹夜もしたんだもんねえ」
陽翔が言葉に詰まっている。小走りでグランドに向かいながら、どうしたのかな? と振り返る。
陽翔は数メートル後ろで立ち止まっていた。
「陽翔くん?」
「……さっきの誰?」
え? と足を止める。さっきのって?
首をかしげつつも思い当たるのはひとりしかいない。公武さんのこと?
「お兄さん?」
「違うわよ」
「じゃあ誰」
えっと、と今度は柚月が言葉に詰まる。
仁奈たちへ伝えたように「ご近所さん」といえばいい。けれどなぜか声が出ない。だってそういえば陽翔くんは仁奈たちとは違ってわたしと公武さんを「ただの知人」扱いをするだろう。
それって……なんだか嫌だな。
じゃあ、わたしと公武さんの関係ってなんだろう。公武さんがいうように弟子と師匠ってわけでもないし。
胸がどんどん苦しくなる。陽翔が公武を「お兄さん?」といったのも胸に刺さっていた。
……人から見たらそう見えるのかな。そりゃわたしと公武さんは歳が離れているけど。あんまり気にしていなかったけど。少なくとも陽翔くんにはそう見えたってことで。
「柚月、黙っていないで答えてよ」
ああもうっ、と顔をあげる。
どうしようもないほど腹が立ってきた。わかっている。この気持ちは八つ当たり。それでもこらえられなかった。
「陽翔くんには関係ないでしょう?」
ハッと口元を押さえる。しまった、と思ったけれど遅かった。陽翔は真っ白い顔になっていた。
「ご、ごめんなさい。そうじゃなくて。わたしがいいたかったのは──」
「──彼氏?」
「ち、違うわよ」
顔が赤くなる。耳の先まで熱くなり、たまらず柚月は陽翔から逃げ出した。
ああもう泣きたい。こういうとき、なんていえばよかったのかな。仁奈たちは陽翔くんがわたしに気があるっていっていたけど、そんなわけない。陽翔くんは面倒見がいいからわたしを気づかってくれているだけで──。
……ううん。違うな。足を止める。
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