5.さっきの誰? ……お兄さん?

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   * 「お疲れ様でした。持ちますよ」  校門の外で待っていた公武が柚月のカバンへ手を伸ばす。 「いえ、自分で持てます」 「僕のほうが力持ちですから」  そう笑われて、「ではお願いします」とカバンを手渡した。 「乙部先生へ連絡を入れておきました。乙部先生は帰宅するのにあと一時間くらいかかるそうです」 「あー、そうだ。父へ連絡を入れるのを忘れていました。なにからなにまでありがとうございます」 「学祭ですから。それどころじゃないのは乙部先生もわかっていらっしゃいますよ」  公武はふんわりと笑って歩き出す。小走りで続くと、それに気づいた公武が歩調を緩めた。  笑みが浮かぶ。公武さんのこういうところ、ホッとする。 「柚月さんの梅シロップ、おいしかったなあ」 「喜んでいただけてよかった。父の分がまだ残っているので、今度少しお持ちしますね」 「乙部先生に怒られちゃいそうですね」  ふふっ、と二人でいたずらっぽく笑い合う。 「そういえば公武さん、発表会があったんですよね。いかがでしたか?」  あー、と公武はうなだれる。 「かなりコテンパンにやられました。おにぎりって奥が深すぎますねえ」  首を振って、「それで」と公武は申し訳なさそうに続けた。 「お疲れのときに切り出すのは申し訳ないのですが。お願いしてもいいでしょうか」 「なにをでしょう?」 「お手すきのときで構いません。また、おにぎりを食べていただけますか? 方向性がわからなくなってきて。ぜひ柚月さんのご意見をいただきたいんです」 「いいですよ。日曜でいいですか? さすがに明日だとちょっとつらいかなって」 「もちろんです。よかった。本当に師匠がいて心強いです」 「大げさです。そうだ。梅シロップも日曜にお持ちしますね」  やった、と公武は拳を握る。  しみじみとそうやって公武が喜んでくれるのが嬉しい。公武と一緒にいると陽だまりの中にいるみたいだ。余計な気遣いも必要ない。  ──陽翔くんとはぜんぜん違う。  ハッとする。  わたし、どうしてそんなことを?   なんだか自分がどんどん嫌な人間になっていく気がした。
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