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「お疲れ様でした。持ちますよ」
校門の外で待っていた公武が柚月のカバンへ手を伸ばす。
「いえ、自分で持てます」
「僕のほうが力持ちですから」
そう笑われて、「ではお願いします」とカバンを手渡した。
「乙部先生へ連絡を入れておきました。乙部先生は帰宅するのにあと一時間くらいかかるそうです」
「あー、そうだ。父へ連絡を入れるのを忘れていました。なにからなにまでありがとうございます」
「学祭ですから。それどころじゃないのは乙部先生もわかっていらっしゃいますよ」
公武はふんわりと笑って歩き出す。小走りで続くと、それに気づいた公武が歩調を緩めた。
笑みが浮かぶ。公武さんのこういうところ、ホッとする。
「柚月さんの梅シロップ、おいしかったなあ」
「喜んでいただけてよかった。父の分がまだ残っているので、今度少しお持ちしますね」
「乙部先生に怒られちゃいそうですね」
ふふっ、と二人でいたずらっぽく笑い合う。
「そういえば公武さん、発表会があったんですよね。いかがでしたか?」
あー、と公武はうなだれる。
「かなりコテンパンにやられました。おにぎりって奥が深すぎますねえ」
首を振って、「それで」と公武は申し訳なさそうに続けた。
「お疲れのときに切り出すのは申し訳ないのですが。お願いしてもいいでしょうか」
「なにをでしょう?」
「お手すきのときで構いません。また、おにぎりを食べていただけますか? 方向性がわからなくなってきて。ぜひ柚月さんのご意見をいただきたいんです」
「いいですよ。日曜でいいですか? さすがに明日だとちょっとつらいかなって」
「もちろんです。よかった。本当に師匠がいて心強いです」
「大げさです。そうだ。梅シロップも日曜にお持ちしますね」
やった、と公武は拳を握る。
しみじみとそうやって公武が喜んでくれるのが嬉しい。公武と一緒にいると陽だまりの中にいるみたいだ。余計な気遣いも必要ない。
──陽翔くんとはぜんぜん違う。
ハッとする。
わたし、どうしてそんなことを?
なんだか自分がどんどん嫌な人間になっていく気がした。
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