23人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ
弁当箱を差し出すと、公武は真っすぐにおにぎりへ手を伸ばした。梅のおにぎりだ。
「くうっ。やっぱり柚月さんのおにぎりは最高です」
目尻に涙まで浮かべて食べ進める。
「これに梅倍増とかチーズとかおかかが入っていたらインパクトありますよね」
混ぜご飯にしても面白いし、サイズを特大にするのもいい。弁当を食べ進みながら二人であれこれアイデアを出していく。
ひといき食べ終わって公武は「幸せだなあー」と間延びした声をあげた。
「こんなふうにアイデアが出て、ぐいぐいカタチになって、しかもこんないいお天気のもとで考えをまとめられるなんて」
そこまでいって柚月へ笑みを向ける。
「柚月さんのおかげです。ありがとうございます」
「わたしも楽しいです」
「お礼をさせてください。なにがいいですかね。金銭では乙部先生に怒られそうですし。女子高生が喜ぶものってなんでしょうか」
うーん、と顎へ手を当てる公武へ「だったら」と柚月はカバンを引きよせる。そして参考書を取り出した。
「物理を教えてください」
「へ?」
「明日から定期テストで。いまいちよくわからないところがあって。工学博士の公武さんならおわかりかなあって」
「テスト前だったんですか? だったら今日は勉強していたかったでしょうに。無理をいいまして申し訳ありません」
ええとどこですか? と公武は参考書をのぞき込む。
ああそれはこうしてああして、と公武はスラスラと説明をしてくれた。わかりやすい。さすが京都の大学を卒業した人だ。
ひととおり教わると、今度は柚月が上気した顔で空を見あげた。
「すごい達成感です。スッキリです。父に聞いても『どうしてこれがわかんねえんだよ』で喧嘩になっちゃって。ありがとうございました」
「お役に立ててよかった。僕でよかったらいつでも尋ねてください」
はい、と柚月は笑みを広げる。頼もしい。
実は──昨日、今日とずっと陽翔のことを考えていた。
考えるほどにどうしたらいいのかわからなかった。そして考えるほどに公武の存在が大きくなっていった。今日もこうして頼りがいがあると、ますますそう思ってしまう。
陽翔くんのことは嫌いじゃない。だけど、付き合いたいとかそういう思いは、どうしてか湧いてはこなかった。陽翔くんと二人で並んで歩く姿が想像できない。
だけど、と隣を見る。
「どうかしましたか?」
公武の声に小さく首を振る。ただぼんやり空を眺めて、お弁当を食べて、いつまでもこうして一緒にいられたらなあ。一緒にいたいなあ。
……わがままかなあ。
最初のコメントを投稿しよう!