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ひたすら身を縮めるだけの柚月の態度にヤケになったのか。
札幌でも真夏日になったその日、陽翔が吠えた。
「海へいきたいーッ」
「おー、いいねえ海」、「夏だからねえ~」と適当な声があがる。
「明日の土曜はどうだ?」、「俺は模試だ」、「オレはその次の週だからいけるわ」、「ほんじゃいっちゃう?」、「私もいけるよ」、「じゃあウチも」と次第に話はまとまっていく。
気をよくした陽翔は満面の笑顔で柚月へ近づいた。
「柚月もいこうぜ」
「わたし、海はちょっと……」
「なんでよ。石狩の海にメノウがとれる海岸があるんだよ。絶対楽しいぞお」
「そっか、楽しんできて」
「だから一緒にいこうって。柚月もメノウを見たいだろう?」
「うん。でも、やっぱ駄目かな」と断るけれど、「いいでしょ。いこうよ」と陽翔は粘る。
ああもう、と仁奈が陽翔の前へ出る。
「海っていうけど、陽翔くんって明日は模試じゃないの?」
う、と陽翔はひるむ。仁奈はうんざりとした顔で、「それに」と小声で続けた。
「彼女といけば?」
へ、と陽翔は目をしばたたく。
それからハッとした顔で柚月を見て「いないし」と答えた。
それって、と柚月は目を見張る。うしろから「……柚月のために振ったってこと?」と亜里沙の声が聞こえた。
仁奈も視線を揺らしてから「だけど」と声を出す。
「そもそも柚月は海へいけないんだよ」
「どういうこと」
「お父さんから禁止されているんだって」
仁奈が柚月へ振り向いて、柚月も「うん」と続いた。
「小さいころからずっとなの。父に、海へいっては駄目って」
「どうして」
「──母が海で命を落としたから」
あ、と陽翔の顔がこわばる。
数秒、息を止めたみたいに固まって、「……ごめん」と絞り出すような声を出した。
「おれ、知らなかったから。だったら──そっか。おれ、ずっと柚月にひどいことをいっていたんだね。本当にごめん」
ううん、と柚月は小さく首を振る。
けれど陽翔は見たこともないほど深刻な顔になった。口元を手で抑えて「おれって最低でしょ」とつぶやきながら席へ戻っていく。なんとなく後味が悪い。
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