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鼻先が熱くなる。
そうだ。公武さんは茶化したり、ごまかしたりなんてしない。いつだってしっかり物事に向き合う人なんだ。
「彼はどんな人なんです?」
え? と眉をあげる。
容姿のことを聞いているのではないだろう。人柄か。
「陽翔くんは」と視線を伏せる。
「──クラスの中心にいるみたいな人です。行灯のデザインをしたのも彼です。弁慶とか義経じゃなくて、カニにしようって。張り切ってあれを仕上げたんです」
「ああ、あのカニの」と公武は目元を緩める。
「あれはいいカニでした。たかがカニなのに、ものすごい迫力だった。あんなカニを作りあげることができる人ならますますほうってはおけませんよ」
それに、と公武はスマートフォンの天気予報サイトを柚月へ見せた。
「天候が怪しいです。石狩方面の海から急激に天候が悪くなりそうです。それもかなりの雨量になるでしょう。短時間で河川の氾濫の恐れがあるくらいです。早く動くべきです」
いわれればいわれるほど、じっとしていられなくなる。
だけど待って。どう考えても無関係な公武さんに車を出してもらうのはおかしいわよ。
それに陽翔くんを見つけても、陽翔くんは──公武さんの車に乗るかな。
柚月の葛藤をみてとったか、公武が明るい声を出す。
「じゃあ、柚月さん、僕と海へドライブしましょう」
「はい?」と声が裏返る。
「たまたま海へドライブしていると、たまたまクラスメイトに出会う。よくあることでしょう?」
「……そんなたまたまは、めったにないかと」
「それこそ乙部先生に怒られちゃいますか?」
視線を伏せる。
そうだ。行先は海。どんな理由があるにしろ、海へいくのをお父さんは嫌がるだろうな。
「そうはいっても」と公武は場を和ませるような陽気な声を出した。
「カッコいい車ではありません。仕事機材を積み込みやすいようにボックス型なんです。軽自動車なんですけどたっぷりと荷物を模せられますし、屋根にサイクルキャリアもつけてあります。──たまたま通りがかった男子高校生の自転車だって載せられます」
生真面目な公武がウイットに富んだいいかたまでしての提案だ。
その気持ちが嬉しくて柚月は折れた。
「お願いします」
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