2.母はサンゴの研究者でした

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2.母はサンゴの研究者でした

 公武の車は天陣山のすそ野、柚月のマンションとは反対側の賃貸アパート前にちょこんととまっていた。  公武が告げたとおり、コンパクトなワンボックス軽自動車だった。  ただ屋根が黒色、そのほかは白いボディカラーと洗練された印象だ。さらにその屋根にはルーフマウントタイプのサイクルキャリアがついていた。  公武はアパートの部屋からタオルやバスタオルを持ってきてはてきぱきと後部座席へ積んでいく。  予報は豪雨だ。濡れた陽翔に必要だと判断したのだろう。 「お待たせしました。いきましょう」と声をかけて公武は運転席へ乗り込んだ。  躊躇したものの、柚月は助手席へ座った。  ソワソワする。  巌と祖母の車以外の助手席に座ったのははじめてだ。 「メノウのとれる石狩の浜といったらここでしょうか」  スマートフォンで検索をして公武はカーナビを設定する。それから穏やかに車を出した。  乱暴な巌の運転とはぜんぜん違う。カーブの曲がり方に信号の止まり方など、いちいち感心して、やがて豊平川(とよひらがわ)を越えたあたりだ。 「あの」と公武が声を出した。 「もしよかったら、なんですが」  首をかしげて公武を見る。 「そもそもどうして彼は海へ向かったのか、聞いてもいいですか?」  あー……、と間延びした声が出る。  そっか。そこまでは公武さんに伝わらないわよね。 「柚月さんのために彼が海へいったのなら柚月さんも関係しているんですよね。海と柚月さん、どう関係するんですか?」  眉が震えた。覚悟を決める。 「実は──海へいくのは父から禁止されているんです」  ええっ、と公武が声を裏返す。 「じゃあ、いま海へ向かっているのはまずいのでは」 「いいんです」 「柚月さん」 「このまま向かってください。お願いします。わたしのせいで陽翔くんになにかあったら、わたし、父を恨みそうです」  強い声になり、公武は「わかりました」と姿勢を戻す。 「……そうか。それで柚月さんはあんなにためらっていらしたんですね。余計な提案をして申し訳ありません」  柚月は首を振る。「母が」と言葉が続いた。 「海で亡くなったんです」
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