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これまた、「えっ」と公武は声をあげて柚月へ顔を向けた。
運転中だ。すぐに前へ戻したものの、「それって」と視線はチラチラと柚月へ向けている。
「母はサンゴの研究者でした。ミクロネシアの海のサンゴを研究していました。とても──とてもサンゴを愛していたそうです」
小学生のころからサンゴに興味を持って、沖縄、パプアニューギニア、オーストラリア、あちこちのサンゴを見て回って、大学へ入る前からサンゴの保護活動をしていたという。
ダイビングライセンスを持っていて、ほかの研究者の依頼があれば自分の調査のかたわらサンプリングも請け負っていたそうだ。
「……父が母と出会ったのは大学二年、教養課程の授業だったそうです」
地質まっしぐらの巌とサンゴまっしぐらの母。
接点などなさそうなのに、ひたむきに研究対象へ向き合う姿勢を見て互いに強くひかれあった。
地質図を見ると興奮して立ち止まる巌に、図鑑などで造礁サンゴのクシハダミドリイシを見るだけで幸せになる母。柱状節理を前に歓声をあげる巌に、色とりどりのサンゴを見てその褐虫藻に思いを馳せる母。
──二人とも呆れるくらいの変わり者なんだから。嫁ととても仲のよかった祖母はよくそういって笑っていたらしい。
「サンゴって表面に小さい花みたいなのがあるでしょう? あれひとつひとつ別の動物なんですって。すごいですよね。サンゴは産卵が有名ですけど、卵じゃなくてどんどん分裂して大きくなるサンゴもあるんですって。ご存知でしたか?」
思わずまくし立てて口を閉じる。
誰かに母の話、それからサンゴの話をするのはこれがはじめてだ。あふれ出た記憶と思い出が押しよせて止まらない。目を閉じて深呼吸をする。
「──わたしが三歳のときです。パラオでサンゴのサンプリング調査をしていた母はダイビングの事故に遭いました」
あってはならないダイビング中の機材トラブル。
十分にメンテナンスをしていたはずなのに。悪いときには悪いことが重なる。
別のダイバーのケアをしていたスタッフが母の異変に気づいたときにはもう遅かった。
──海に好かれ過ぎたのかねえ。だから連れていかれたのかねえ。
祖母の繰り言に、そんなわけはねえだろうが、とはねつけていた巌だったが。
──妻だけでなく娘まで海へとられたら。
その思いに囚われて、海へいくのを柚月に禁じた。
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