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やがて陽翔は、「うん」と声を震わせた。
「……誰かに、そういってもらいたかった」
ありがと、と続けて陽翔はうつむく。
その肩が徐々に揺れ出し、やがて嗚咽になる。喉の奥から絞り出すようなその声。聞いていると胸が張り裂けそうで、たまらず柚月も鼻先が熱くなる。
──どれだけ長い間、陽翔くんは我慢してきたんだろう。かばってくれる人はいなくて、ひとりでずっと……十何年も? 助けてとも、やめてよとも、なにもいえずにひたすらお父さんとお母さんの機嫌をうかがって? それでも陽翔くんは学校で笑ってくれていたの?
頬を伝った涙が胸元へとしたたり落ちる。喉が痛くて身体が熱くなる。
公武がタオルを差し出していた。「どうして柚月が泣くの」と陽翔もティッシュを差し出している。「ご、ごめん」と柚月は顔をぬぐう。
はあ、と大きく息をついて陽翔もバスタオルで顔をぬぐった。
「おれさ。さっきいったみたいな家庭だったからさ。いつも完璧を求められてもいたしさ。気が狂いそうでさ」
うん、とタオルから顔をあげて陽翔を見る。
「だったら、ってできるだけ笑うようにしていた。なにもかも、なんでもない。世の中面白いことばっかり。そういうふうに振舞っていれば、だんだん本当に気持ちも軽くなったしさ。フリだけど、それでやっていけるならいいやって思っていた」
だけど、と陽翔は言葉を切る。
「柚月の弁当を見て、頭を殴られた気がしたんだ」
「わたしのお弁当?」
「菜飯おにぎりにしらすの入った玉子焼き。シソを巻いたささみの天ぷらに菜の花の和え物」
うたうように陽翔は献立をそらんじる。
「ウチとは違って季節を楽しむラインナップ。色鮮やかに詰めてあった。自分で作ったっていわれて、それを楽しそうに教えてくれて声が出なくなった」
当時を思い出したのか、二度三度とゆっくりまばたきをして陽翔は続けた。
「こいつは本当に生活を楽しんでいる。いまを大切にしている。大切にすることを、本心からできている。──おれとは違う。本物だ。そう思った」
だから、と陽翔は弱々しい笑みを浮かべる。
「柚月と一緒にいたら、おれもいつか偽物じゃなくて本物になれるんじゃないか。なれたらいいな。そう思ってさ。いつもお前を見ていた。いつも──お前のそばにいたいなって、思っていた」
柚月の眉が震える。
陽翔くんが毎日毎日わたしに声をかけてきたのはそういう意味があったんだ。
ただ気にかけてくれていたんじゃない。陽翔くんは生活をつなぐために、わたしを見ていたんだ。たぶん、冗談ぬきで──正気を保つために。
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