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だけどさ、と陽翔は顔をくしゃりと崩す。
「どういうことだよ」と公武を指さす。
「柚月さ。おれがお前のことを好きだって気づいていたでしょ。なのに、男と助けにくるってどういうことよ」
あわてたのは公武だ。陽翔がここまでいってようやく自分の立場に気づいたらしい。
「柚月さんは悪くありません。僕が強引に提案したんです」
「はあ?」と陽翔が逆ギレしようとするのを「そうか、だから柚月さんはあんなに渋ったのか」と公武が声をかぶせた。
「いやもう本当にデリカシーがない。情けないです。女性の気持ちをくむのが苦手で」
陽翔がぞんざいな態度になる。
「いままでの彼女とかどうしていたの」
「いません」
「ちょい待った。あんたいくつ?」
「二十八です」
「二十八年間彼女なしってこと?」
「ずっと男子校でしたから。大学も工学系でしたのでほぼ男子ばかりで。いまはおじさんに囲まれて仕事をしていますし」
ああもうなんだよ、と陽翔はシートからずり落ちそうなほど身をよじった。
「……そんな必死な顔になって、おれだって必死なのにさ。なんかさ──ズルいでしょ」
陽翔はバスタオルごと頭を抱える。そのまま背中を丸めて、「あんたさ」と声を出す。
「柚月のおにぎり、食べたんだ」
「いただきました。目から鱗が落ちました」
「なにそれ。あんた魚?」
「もののたとえで」
「知ってるよっ」
くっそ、と吐き捨てて呼吸を整え、陽翔は「柚月」と向き直る。
「さっき、おにぎりが余っているっていったよね」
「うん。食べる?」
「食う」
柚月が弁当箱を広げると、陽翔はわずかに頬を緩めておにぎりへ手を伸ばした。まさにさっき陽翔がいっていた菜飯のおにぎりだった。
ひと口頬張って目を見張り、唇を震わせて食べ進む。梅チーズささみ揚げに箸を伸ばし、アスパラベーコン巻をひと口で頬張る。甘い玉子焼きに「うめー」と声を漏らし、最後に梅のおにぎりを平らげた。
「……やっと食えたよ。いつも仁奈と亜里沙が邪魔するからさ。おれは本気で柚月の弁当を食いたかったのに。やっぱ柚月はすごいなあ」
ほっと柚月は公武の顔を見た。公武も肩をおろして柚月を見る。「ああもう」と陽翔が小さい声を出す。
「そんなふうに笑うなよ。羨ましくなるだろう?」
「へ?」とあわてて陽翔を見る。陽翔は顔をくしゃくしゃにして笑う。
「柚月」
「うん」
「うまかった。ありがとうな。元気が出た。力もみなぎってきた」
「……うん」
「親に電話するわ」
「陽翔くん」と柚月は顔色を変える。
「おれ、がんばるから。がんばったらさ。また柚月のおにぎり、貰えるかな。その人のついででいいから」
陽翔は公武を指さす。
眉が歪んで、次第に視界がかすむ。
小さくなんどもなんども陽翔へうなずく。
……陽翔くんがどんな思いでお弁当を食べたのか。どんな思いでご両親と向き合う決心をつけたのか。どんな思いでそれを──わたしに伝えたのか。
陽翔くんはなんて、なんて、なんて。両手を握りしめる。
──勇気があるんだろう。
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