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5.二人して甘っちょろいことをいってんじゃねえよ
公武に自宅マンション前まで送ってもらい、柚月はあわててフロアへ入った。
すっかり遅くなってしまった。晩御飯、なににしようかな。冷蔵庫の中身を必死で思い出す。オクラがあったわよね。豚切り落とし肉か鶏もも肉を解凍して、それから、と頭をフル回転させてエレベーターから降りたときだ。
ギョッとして思わず後ずさる。
巌がエレベーターの前で仁王立ちしていた。
「びっくりした。どこかいくの?」
「違うわー。お前を待っていたんだろうがよっ」
「え? どうかした?」
「遅いっつってんだ。阿寒と握り飯を食ってただけじゃねえのかよ。連絡くらい入れろや」
「あ、そっか。遅くなってごめん」
あのね、と続けようとすると「知ってるわー。阿寒から連絡をもらったわー」と巌はプリプリと柚月の荷物を取った。そのまま自宅ドアへと入っていく。
巌に続いて玄関へ入ると巌は「あああ~」とうなり声を出していた。
「なんだってお前は俺に似なかったんだよッ」
「はい?」
「母さんそっくりになりやがって。俺に似たルックスなら悪い虫がつくこともねえのによおっ」
「なにいってんの?」
「そんなに可愛くなりやがったら心配でしょうがねえだろうがよおっ」
ええ……、と引く柚月に構わず巌はソファへどっかりと座る。それから巌は声色を変える。
「俺はお前から連絡が欲しかったんだ。阿寒からじゃなくてだ」
「……ごめん。実はクラスでトラブルがあって」
「知ってる」
「それも公武さんが?」
「違う。二木陽翔の親だっつうやつから連絡があった」
な、と柚月は真顔で巌の前へ座った。
「どうして陽翔くんのおうちから?」
「俺が聞きてえよ。なんなんだ、あの親は。ヤバすぎるだろう。ぜんぜんこっちの話なんて聞いていやがらねえ。しかも今日は大学の代表電話がつながらない土曜で、俺は野外調査へ出ていたんだぞ? 医者だかなんだか知らねえけどよ。どういうルートで俺の仕事用携帯電話へかけてきてんだよ。恐ろしいな」
口を閉じる。陽翔の電話から漏れ聞こえた両親の剣幕。あれは家族に対してだけでなく、誰に対しても同じだったのか。それから、そっか、お医者さんだったんだ。
で? と巌は顎をしゃくる。
「お前はその二木陽翔と付き合ってんのか?」
「なにいってんの? 違うわよ」
「だろうな」
「なんなの」と身を乗り出す柚月から視線をそらし、巌は、はあー、とため息をついた。
「二木陽翔も大変だな。……お前、そこそこ助けてやれや」
「うん。公武さんも力になるっていってくれている」
そうか、と巌は頬を緩ませる。
「あいつならそういうだろうな」
あれ? と眉をあげる。ずいぶんと公武さんを信頼しているみたい。いつの間に? 巌は「それでその」といいにくそうに首の後ろをかく。
「阿寒のメールだと、お前は阿寒の車に乗って、その二木陽翔を捜しにいったんだろう? それで──お前は海までいったのか?」
ハッとする。海岸まではいっていない──あわててそう告げようとして言葉をのむ。
いいの? そんな言い訳みたいなことをいって。
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