22人が本棚に入れています
本棚に追加
公武の言葉がよみがえる。
──乙部先生は、あなたが本当にやりたいことを止めるようなかたじゃない。
──一番嫌なのは、あなたが我慢すること。それからコソコソやることでしょう。
身体の奥がシンとする。両手をそっと握る。だってお父さんが仕方なくとはいえ海を話題にしたのは数年振り。
いまいわなくて、いついうの?
柚月は巌に姿勢を正す。
「お父さん」
「──なんだよ、あらたまって」
「わたし、サンゴの勉強がしたい」
巌が目を見開く。
「どんなふうにサンゴが生まれて育つのか、ちゃんと勉強を受けて、サンゴがいま直面している問題がなにかももっと調べて、サンゴの凄さももっともっと知って」
言葉を切って、腹に力を入れる。
「お母さんがわからなかったことも、たくさんたくさん調べあげたい」
巌の顔が赤く膨れあがる。肩も大きくあがるのをみて、柚月は身を固くした。
やっぱり怒らせた? だけど、と目に力を入れた。
ただの思い付きじゃない。やっといえた言葉だ。少し反対されたくらいで引きさがる程度の気持ちなら、お父さんが聞きたくない話題とわかっていて口に出したりしない。
どれくらい睨み合っていただろう。
巌の眉がくしゃりと歪んだ。それからぼそりと声を出す。
「甘くはねえぞ」
「わかってる」
「簡単にいいやがるけどな。実際──」
「わかってるって。研究に身をささげているお父さんを見ているのよ? 情熱だけじゃ、やっていけないことだってわかってる」
「……うまいこといいやがって」
「だから」
「なんだよ」
「くじけそうになったら、背中を叩いてほしい。甘ったるいことをいってんなよって。お前の本気はこの程度なのかよって」
巌がまた大きく目を開けた。目をしばたたき、ぽっかりと口を開けて、それから大きく息をはくと柚月から目をそらして「くっそ」と吐き捨てた。
「だ、駄目、かな。いまからそんな弱音をはくなってことかな?」
「ちげえよ」
ふたたび柚月へ顔を向けた巌は、鼻先を赤くしていた。
最初のコメントを投稿しよう!