5.二人して甘っちょろいことをいってんじゃねえよ

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 公武の言葉がよみがえる。  ──乙部先生は、あなたが本当にやりたいことを止めるようなかたじゃない。  ──一番嫌なのは、あなたが我慢すること。それからコソコソやることでしょう。  身体の奥がシンとする。両手をそっと握る。だってお父さんが仕方なくとはいえ海を話題にしたのは数年振り。  いまいわなくて、いついうの?  柚月は巌に姿勢を正す。 「お父さん」 「──なんだよ、あらたまって」 「わたし、サンゴの勉強がしたい」  巌が目を見開く。 「どんなふうにサンゴが生まれて育つのか、ちゃんと勉強を受けて、サンゴがいま直面している問題がなにかももっと調べて、サンゴの凄さももっともっと知って」  言葉を切って、腹に力を入れる。 「お母さんがわからなかったことも、たくさんたくさん調べあげたい」  巌の顔が赤く膨れあがる。肩も大きくあがるのをみて、柚月は身を固くした。  やっぱり怒らせた? だけど、と目に力を入れた。  ただの思い付きじゃない。やっといえた言葉だ。少し反対されたくらいで引きさがる程度の気持ちなら、お父さんが聞きたくない話題とわかっていて口に出したりしない。  どれくらい睨み合っていただろう。  巌の眉がくしゃりと歪んだ。それからぼそりと声を出す。 「甘くはねえぞ」 「わかってる」 「簡単にいいやがるけどな。実際──」 「わかってるって。研究に身をささげているお父さんを見ているのよ? 情熱だけじゃ、やっていけないことだってわかってる」 「……うまいこといいやがって」 「だから」 「なんだよ」 「くじけそうになったら、背中を叩いてほしい。甘ったるいことをいってんなよって。お前の本気はこの程度なのかよって」  巌がまた大きく目を開けた。目をしばたたき、ぽっかりと口を開けて、それから大きく息をはくと柚月から目をそらして「くっそ」と吐き捨てた。 「だ、駄目、かな。いまからそんな弱音をはくなってことかな?」 「ちげえよ」  ふたたび柚月へ顔を向けた巌は、鼻先を赤くしていた。
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