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数脚の長テーブルが出て『受付』の表示が出ていた。
二十代後半くらいの女性がひとりで対応をしている。区役所の職員なのだろう。
その女性へ人が押しよせていた。「小清水さんにいわれて」と伝えると「助かります」と泣きそうな顔を向けられた。
柚月は受付後の問い合わせを請け負うことになった。受付を終えても「それでどこいけばいいの」と繰り返す人が多くて受付周辺の人波は一向に減らなかったからだ。
土足厳禁だと伝えても、そのまま足早に進む人もいる。盲導犬や介助犬以外のペットはいまのところは待機して欲しいと頼んでも、「猫なんだからいいっしょ」とか「ウチだって子犬だから」と押し切られる。
そこに「ウチの子は猫アレルギーなんでっ」と尖った声が飛び、そこかしこでいざこざが起きていた。
加えて余震だ。震度4くらいの余震がひっきりなしに起きていた。
巌に育てられた柚月は「また揺れたなあ」くらいにしか思わなくなっていたけれど、中にはしゃがみ込む人もいた。
そのまま動けなくなる人もいる。区役所の職員の中にもそういう人が何人かいた。そのたびに作業は中断する。
「……お父さんがいっていた『人手が足りない』ってこういうことか」
嘆いても仕方がない。動くことができる自分が代わりに動こう。
そう気合を入れて避難所のあちこちを動き回った、そんなときだった。「あれー?」と声をかけられた。
「乙部でしょ。久しぶりー」
振り向くと中学の同級生男子が立っていた。高校は別なので顔を合わせるのは中学の卒業式以来だ。
「なにしてんの? 雑用? 張り切ってるね」
口を開きかけると「ホントだ。乙部だ」と女性の声がする。これまた中学の同級生だった。
「避難所でも仕切ってんの? さすがすぎるっていうか──ウケるわ」
「昔からそういうトコあったよね。なんていうの? いい子?」
「ちょっと止めなよ」、「あはは、そうだね」と二人はいい合い「あー」とわざとらしく続けた。
「おれらも手伝うべき? でもさー。乙部の足を引っ張るとマズいっしょ」
「あたしもお母さんになんかいわれるかもだし。おばあちゃんの手伝いもあるし。まあガンバって」
すれ違いざまにボソリと「お前ムカつく」と告げられた。柚月は黙って同級生の背中を見送る。
……わたし、あの子たちになにかしたかなあ。
うつむきかけると足元が揺れた。地震だ。そうだ。いまは落ち込んでいる場合じゃない。両手で軽く頬を叩いて受付へ戻る。
けれど柚月の働きを快く思わない人たちはそれからも現れた。
「嬢ちゃん、もうボランティア? ひとり目立ってなんの点数稼ぎだい?」と中年男性から声をかけられ、避難所でのルールの用紙を手渡した青年から「なんであんたみたいなガキにこんな注意されんの」と小声で返された。「そったらはんかくさい(馬鹿らしい)こと、いうんでない(いうな)。こっちはわや(大変)なんだわ」と年配女性から怒鳴られることもあった。
そのたびに無理やり笑顔を作って乗り越えた。
お父さんだってがんばっているんだから。嫌な気持ちに飲み込まれている場合じゃない。
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