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「地震が起きて、みんなが動転して、どうしたらいいのかわからなくなって気持ちがけば立っているときに、柚月さんはみんなのために動いてくださっていた。すごいことです。しかも笑顔で。あなたの笑顔を見て僕はとてもホッとしました。ほかの方もそうでしょう。本当にあなたはすごい。──尊敬します」
そんな、と頬に手を当てる。また泣きそうだ。必死でこらえて笑顔を作る。
「でもよかった。笑顔で作業できていたんですね。──祖母によくいわれたんです。忙しいときほど笑顔でいなさいって。そうじゃないと『イソガシオニ』にとらわれて、もっと忙しくなるよって」
「イソガシオニ?」
「祖母が作った悪い鬼のようです。しかめっ面でたくさんの作業をこなしていると、もっと作業がふりかかるよっていわれました。いまなら負の連鎖だってわかりますけど、小さいころは怖かったなあ」
「うまいことをおっしゃいますねえ。では僕も『忙し鬼』にとらわれないよう笑顔を心がけます」
それから、と小声で続ける。
「迷惑かもしれませんが、これから作業はご一緒させていただいていいでしょうか。──非常時です。どんないい人でも気持ちに余裕がなくなっています。こんないい方は嫌ですけれど、柚月さんを力のない女性だと侮って、強引に出る人もいるかもしれません。弱いふりをして柚月さんに危害を加えようとするかもしれない」
停電もしているだろうから暗いところは危険だし、余震でなにかが落下してきてもひとりだったら気づきにくいし、と公武は真顔で続けた。
しみじみと公武が自分を心配してくれているのが伝わった。言葉の途中で公武は「あ」と動きを止める。
「すみません。しつこかったですね」
「いいえ。ありがとうございます。ご一緒にお願いできますか?」
はい、と公武はまぶしいほどの笑顔になる。
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