3.阿寒『くん』、こいつを頼む

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3.阿寒『くん』、こいつを頼む

 翌朝の午前五時前だ。  柚月はブランケットをたたむとそっとグランドへ出た。  公武だけでなく小清水もあれこれ気づかってくれたけれど、慣れない避難所に加えて絶え間ない余震だ。なかなか寝付くことができずうつらうつらと一夜をすごし、少し早いけれど、と起き出してきた。  今日も晴天だ。朝の空気が心地いい。  大きく伸びをして、手を止める。  グランドの向こうから誰かが入ってくる。ガッシリとした自転車を押した大柄な男性だ。大きな荷物を背負っている。  あれは、と目をこらすよりはやく男性が「うおおい」と柚月へ手を振った。 「お父さんっ」  巌は柚月へ駆けより自転車のスタンドを立てるのももどかしそうに柚月を強く抱きよせた。  巌の汗のにおいが身体を包む。いつもなら汗臭いこの匂い。今日はホッとする匂いだった。 「無事そうだな。──よかった」 「うん」  ふわりと巌が腕の力を抜く。柚月の背後へ声をかける。 「安心した。お前のおかげだな」  公武が立っていた。え? いつから? と目を見張る。  公武が「お疲れ様です」と巌へ頭をさげ、巌は「助かる。ありがとうな」としみじみとした声を出す。柚月は巌の腕をつかむ。 「お父さん、怪我とかは?」 「そんなヘマはしねえ。飯もちゃんと食っているから安心しろ」 「またそんなこといって」 「そうそう、これやる」  いいつつ巌はバックパックをおろす。 「対策本部からくすねてきた。一般の避難所には出回っていないやつだ」  高級そうなチョコと野菜のゼリー飲料であった。「それからこれもあれもだな」 と次々に取り出す巌へ、「待って待って」と柚月は手で制した。 「公武さんと二人でも、そんなにこっそり食べ切れないわよ。近いうちに家へ戻れるんでしょう? だったらウチへおいたら?」  巌が低くうなる。 「なに? ……どうしたの?」 「あのよ」と巌は渋い顔になる。  首の後ろへ手をまわし、「どうすっかなー」とひとしきり声を出してから「しばらく──そうだな、半日くらいはほかの連中には黙っていろよ」と念押しをして続けた。 「本州と九州四国地域でもデカい地震があった。マグニチュード9クラスだ」  え、と公武とともに動きを止める。 「南海トラフと東北沖が動いた。……日本全域の沿岸部でアレの警報も発令中だ。余震以上にこの半日がそいつの正念場だ。半日くらい待てっつうのはそのこともある。下手に騒いだらアレより人的被害のほうがより大きくなるからな」  え? え? と顔がこわばっていく。 「北海道でもその余波で結構揺れたはずだ。けど北海道は北海道で千島海溝での地震が続いているからな。道内の沿岸部はずっと警戒状態だし目新しいことはない。つねにネットチェックをしていたやつらは気づいただろうが、そのネット自体がすぐに落ちたからよ。どうなってんのか、一般民はわかってねえはずだ」 「それは──かなりの数の通信基地が被害にあったということですか?」  公武の声に巌は小さくうなずく。  この避難所では電力の問題でまだテレビの解放はしていない。  避難所のルール、ライフラインの状況、被害情報などといった共通情報は手書きの情報を掲示板に貼る程度だ。不意にスマートフォンのネットがつながらなくなっても、本体の故障か通信基地の不具合かは判別できない。  だから、と巌は低い声で続ける。
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