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それから柚月へ小さくうなずくとスマートフォンを手に取る。
「実はこれ、会社から支給されている非常時に直接通信衛星へつなげられる機種なんです。上司とうまくつながるといいんですが」
いいつつ操作をしていた公武が「うわ、はい」と声をあげた。予想外にすぐにつながったらしい。
震災状況連絡をして「『おにぎりん』を」といったあとが早かった。
「本当ですか?」、「へ? ですけど」、「ああはい、もちろんです、やります」と短いやり取りになる。通話を終えた公武が面食らったような顔を柚月へ向けた。
「いますぐ出社することになりました」
「え? 話が早いですね」
「実はもう、結構な数の社員が出社しているとのことで。僕は出遅れたくらいでした。電話口で災害用チームの社員の掛け声が響いていました」
「すごい。それで会社へはどうやって?」
「一度自宅へ戻って自転車で。会社は中央区なんですが地下鉄は止まっていますし道路状況もわかりません。小回りの利く自転車を使うほうが車より都合がよさそうです」
小さくうなずいていると「柚月さん」と強く呼びかけられた。
「かならず一日で戻ります。それまでお願いですから無理をしないでください。あなたはすぐに無茶をするから」
「そんなにわたしは無茶をしていましたか?」
「自覚がなかったんですか? あなたは本当に──いつもがんばりすぎです」
切実な声だった。胸の奥がびりっと震える。まずい。また泣きそう。それをこらえて顔をあげる。
「公武さんもです。無茶をして怪我をしたら嫌です」
公武が柚月の目をしっかりと見る。そして唇をむすんで公武は二度、三度と大きくうなずいた。
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