6.公武さんになにかあったらどうしよう

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6.公武さんになにかあったらどうしよう

 あれ? どうしてかな。自分でも自分がわからないくらいだった。  小清水の指示でそれまで同様にトラックから荷物を運ぶ。ひっきりなしに入る連絡や震災情報をまとめてポスターに書きあげ掲示板へ貼って、それからそれから、と作業へ励もうとした。  どうしてか、身体に力が入らない。  気がつくと公武が出ていった校門をぼんやり見ていた。  通りすがりの小学生が「お姉ちゃん、具合悪いの?」と声をかけてくるほどだ。初老の女性からも「暑気あたりじゃないかい? ちょっとここで休んでいきな」とうながされて「あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」とそそくさとグランドのテントやゴミ捨て場へと足を戻す。  その繰り返しだ。  その間も視線は校門へ向いてしまう。  ──公武さん、大丈夫かな。  きっと大丈夫だ。心配ない。そう思う先から、だけど、と思いが続いてしまう。  地震で道路がボロボロになっているかも。マンションから割れたガラスが降ってくるかも。切れた電線が公武さんに当たったら? 信号が止まった交差点で車が公武さんへ突っ込んできたら?  思っても仕方がない。なにが起きるかなんてわからないし、起きてもいないことを不安がってもどうしようもない。  わかっている。  でも、だけど、とどうしても気持ちは続いてしまう。  ──公武さんになにかあったらどうしよう。  ドキンと大きく胸が脈打つ。  ──もう二度と、公武さんに会えなくなったら?  喉が乾いていく。そして大きく眉が歪む。  ──お母さんや、おばあちゃんみたいに。  もうあの穏やかな笑顔が見られないかも?   すっと伸ばした背筋、少しだけ左肩をさげてわたしへかしげる首、どんなときも丁寧な身体の動き。わたしのおにぎりを頬張る口元。それから──わたしを見つめるすっと伸びた目。それらがフラッシュ画像のようにチラついて離れない。  胸が苦しくて、息がうまくできなくて、荷物を持ったままうつむいてしまう。大丈夫、大丈夫。なんども唱える。お父さんだって自転車で道庁までいっているでしょう? うん、と自分にうなずき、だけど、としつこく眉が震える。  お父さんが心配なのは、道庁でのこと。道中じゃない。道庁で無理にあれこれ仕事をして身体を壊しそう。そうなったらどうしよう、そう思う。  公武さんは、逆。  会社へたどり着いたら大丈夫だって思う。会社の人があれこれ公武さんを助けてくれる、そう思える。ただたどり着くまでに、たとえば──道で困っている車があったら公武さんなら絶対に助けるだろうし、そこに地震でネジが緩んだ看板が落ちてきたら、ほかの人じゃなくて公武さんが当たっちゃいそう。そうじゃなかったとしても、その人を助けようとして公武さんが怪我をしそうでしょう?   不意に「ああもう」と声がした。
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