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4.俺の唯一の楽しみはお前の飯なんだ!
小一時間ほどひとりピクニックを楽しんだあとだ。鼻歌まじりでマンションへ戻ると、あわただしい足音が近づいてきた。
巌だった。
「お、間に合ったか? がんばった俺。よくやった俺。さあさあさあ。ピクニックへいこう」
「なにいってんの。もういってきたわよ」
柚月は呆れ顔で玄関の鍵を開ける。
「なんだと? 弁当は?」
「食べた」
「少しくらい残っているだろう。食わせろ」
「ないってば」
「なんでだ。お前、二人前作っていただろうが」
う、と言葉に詰まる。
別にやましいことはない。青年とのいきさつを話すのは問題ない。
だけど、と振り返って巌を見あげる。話せばそれはもう面倒くさいことになりそうだった。
柚月は父から顔をそむける。
「お腹が減っていたの」
「俺だって減ってるわっ」
あーもー、と柚月は巌を押しのけ中へ入る。
巌は「俺がどんだけ必死で戻ってきたかー」とか「お前の弁当を昨日からずっと楽しみにしていたのにー」とか「タコさんウインナーはどうなった。あれもぜんぶ食ったのか? なあなあなあ」と、うんざりするしつこさだ。
手で耳をふさいで祖母の遺影を見る。
おばあちゃーん、お父さんがうるさいんですけどどうしたらいい?
遺影の祖母は笑うだけだ。すうっと気持ちが落ち着いた。
──ひょっとしたら本当にお昼ご飯抜きで帰ってきたのかも。
どこの山へいったのかはわからないけど、夕方前に戻るって、よっぽど急いで帰ってきたんだろうし。
チラリと父の顔を見る。この世の終わりみたいな顔をしていた。
……しょうがないなあ。
台所で手を洗ってお櫃を手に取る。祖母が愛用していたものだ。
炊いたご飯がおいしくなるので柚月も大切に使い続けていた。
濡らした手にたっぷりの塩を取ってお櫃のご飯をふっくらと握っていく。しっかりしょっぱい梅干のおにぎりと明太子のおにぎりだ。
「中途半端な時間だからこれでいいでしょう?」
はい、とダイニングテーブルへ皿を置くと、巌は「おおお」と手を震わせて「いただきますっ」と両手を合わせた。
「うめー。サイコー。やっぱ柚月の飯はうめー」
わかったから、と笑って巌の前に麦茶を置く。
「それでポスドクさんたちは無事だったの?」
「おう。あいつら『崖崩れにつき立ち入り禁止』の看板を無視して露頭へ近づきやがってよ。調査には危険がつきものだっつう自覚がゼロだ。あんなのが博士で世の中大丈夫なのかよ」
「世の中はお父さんみたいな人が大学教授で大丈夫なのかって思っているわよ」
「何十年も好きな研究だけやって飯食ってるやつが人徳者なわけねえだろが」
「またそんな尖ったこといって」
「それより」と巌は指についた飯粒を舐めとる。
「地震があっただろう。大丈夫だったか?」
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