8.マダムはいつも冷静なのだ

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 公武も「よおし」と背筋を伸ばした。 「ではいってまいります」  柚月へ会釈をして颯爽とワンボックス車へ乗り込む。  すぐに「公武―、これでいいのかあ?」と声がかかっている。『おにぎりん』を稼働させるのだろう。そのにぎやかな様子に避難所の人々も興味津々だ。  不意に足元で小さい感触があった。  振り向くと、幼稚園くらいの女の子が柚月の足に触れながら顔を出していた。目を輝かせて公武たちのワンボックス車を見ている。 「なにやってんだってー?」と兄弟らしい男の子がその女の子に駆けよった。  二人だけではない。何人もの子どもたちが「なに作るのー?」、「なにができるのー?」と柚月へ声をかけてくる。 「あんたたち、お姉ちゃんのお邪魔をしちゃ駄目っしょ」と母親らしき人も「で? なにがはじまるんだい?」と柚月へ楽しそうに声をかけてきた。  ──続く地震におびえる生活だ。  余震どころか、より激しい地震が起きることもある。  みんなが眉間にしわをよせて過ごしていた。どうなるのかまったくわからない日々。イライラとした空気が避難所のどこへいっても漂っていた。  それが──。  公武さんの会社の人がきて一時間かそこら。  あっという間に空気を変えてしまった。すごいなあ。  やがてふわりと米の炊ける匂いが漂ってきた。 「ご飯の匂いだ」と子どもたちは飛び跳ねて、「いい匂いだねえ」と小清水も目を細める。そんなワクワクが膨らむ中、防災チーム主任と営業がワンボックス車の前に長テーブルのセットをはじめた。  わっと声があがる。 「もう少し待ってくださいねー」と営業は声をかけつつ、安全確保のために行列整理用のポールとベルトを敷いていく。  そして営業が満面の笑みで声を張りあげる。 「おにぎりロボット『おにぎりん』の登場ですー」 「おにぎりー?」、「ロボットー?」と子どもたちの驚く声が響き、公武が姿を現した。営業と二人で大きな箱をそっと長テーブルの中央へ設置する。そしてそっとカバーを外した。歓声がさらに大きくなる。  それは上半身だけのロボットだった。  機械というより人間型ロボットと呼びたくなるほどの柔らかなフォルムだ。  エプロンをつけていてほほ笑んだ表情だ。長い髪まであって後ろでひとつに結んでいた。  それを見て柚月は目を見開く。 「どういうことだい」と小清水が柚月の肩を叩く。 「あのロボット、柚月ちゃんにそっくりっしょや」
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