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1.『おにぎりん』始動!!
「そう思われますか?」
声をかけてきたのは専務の松前だった。
「私たちも乙部さんにお会いして驚きました。『おにぎりん』と大変イメージが合います」
「だから社員のみなさんはわたしを見て『似ている』とおっしゃったんですか?」
柚月が驚いた声を出すと、「そりゃそうです」と公武の声がした。やりとりを聞きつけたらしい。誇らしげな顔つきだ。
「デザイナーさんからどんなデザインがいいかと最終リクエストを受けたとき、これは師匠である柚月さんをモデルにすべきだと思って、雰囲気とか髪型とか表情とかを伝えました」
公武と柚月を見比べて松前は眉をよせる。
「まさかとは思うが、ちゃんとご本人の了承を得たんだろうな」
あ、と公武の動きが止まる。あらためて柚月へ視線を向けて、そのこわばった顔を見て、ようやく事態の深刻さに気づいたようだ。
「──忘れていました。す、すみません、柚月さん」
「お前なあ」と松前は額に手を当てる。
「世の中には肖像権というのがあってだな。謝ってすむ問題じゃないぞ。我々も事前確認を怠ったのは認める。デザイナーのアイデアだといい張ることも可能だ。だがここまで似るとなると──」
松前の言葉の途中で背後から怒鳴り声が飛んだ。
「ばかやろう公武、手を止めるなっ。やり直しだろうがっ」
「うわ、すみません柚月さん。本当に申し訳ありませんっ」
深々と公武は柚月へ頭をさげるとワンボックス車へ駆け戻っていった。「まったく」としかめっ面をして、松前が続いて柚月へ「すみません」と頭をさげる。
「この炊き出しが成功した場合、あなたによく似た印象の『おにぎりん』が、少なくともこの避難所のみなさんへ認知されてしまいます。できるだけの修正は加えますが、この災害下です。どこまでできるかは──」
あ、う、と柚月も戸惑う。だからといって公武の失敗を願うわけにはいかない。
公武がどれほど骨身を削って『おにぎりん』を作りあげてきたか。知り合ってひと月と少しだけれども、よくわかっているつもりだ。
公武さんは本当に寝ても覚めても『おにぎりん』のことばかりを考えていた。
その公武さんにわたしができることは。
柚月は「いいえ」と松前へ顔をあげた。きゅっと口角をあげる。
「モデルにしていただいて光栄です」
松前は目を見張り、それから気持ちよさそうに笑った。
「さすが、公武が師匠と呼ぶはずです。ありがとうございます」
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