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わあっ、とひときわ大きな歓声があがって柚月と松前は顔を向けた。
『おにぎりん』が動いていた。
伏し目がちな眼差しで、動作確認するように指先を動かしている。ピアニストが鍵盤へ向かう前にする動きのようだ。それだけでもう子どもたちは大喜びだ。
さらに『おにぎりん』の隣に炊きあがった米が現れた。遠目でもツヤツヤに炊きあがっているのがわかる。いかにも熱そうなその白米を、『おにぎりん』は塩をつけた手に取っていく。
それまで白米でなにをするのかわからなかった子どもたちが我先に声をあげた。
「おにぎりーっ」、「『おにぎりん』すげえ」、「熱くないのー?」と大興奮だ。
あっという間に『おにぎりん』は数十個のおにぎりを握ってキレイに大皿へ並べていった。大振りのおにぎりだ。ほうっ、と大人たちのため息が聞こえる。
営業が前へ出て「はーい、みなさーん」と声をかけた。
「お待たせしました。『おにぎりん』の握りたておにぎりです。おにぎりを食べて、みなさん、元気を出していきましょうっ。さあ順番にどうぞー」
声がかかると、わあ、と大人も子どもも列をなした。
「うわ、うま」、「ふわふわ、おいしー」、「え? びっくり。コンビニのおにぎりとぜんぜん違う」、「お母さん、おいしーよー」と誰もが目を輝かせる。その間も『おにぎりん』はおにぎりを握っていく。どんどん列が動いていって、すぐに柚月の番がきた。
公武が前へ出て柚月へ「どうぞ」とうながした。
「なんだか緊張します」
「僕もです」
柚月はそっとおにぎりに口をつけた。目を見張る。
「おいしい」
「本当ですか?」
「いままで公武さんにいただいたどのおにぎりよりはるかにおいしいです」
ふわふわの食感で塩加減もちょうどよくて、食べているとしみじみとして、と数えあげると、公武が口を結んだ。唇を震わせている。鼻先も心なしか赤くなっていく。
「ど、どうかしましたか」
いえ、と公武はあわてて視線をそらした。鼻をすすって目をしばたたかせてから、柚月へ大きな笑みを浮かべる。
「嬉しくて。やっと──やっと柚月さんにそういってもらえました」
「わたし、そんなに厳しいコメントばっかりでしたか?」
「ありがたかったです」
ははは、と松前の笑い声が聞こえた。
「鬼師匠のお墨付きがもらえたってわけだな。よかったな、公武。よおし、お前も食え」
松前にうながされて公武もおにぎりを手に取る。頬張った公武の頬に笑みが広がる。
「──うまい」
「自画自賛かよ」
「いやこれ、本当にうまいべ。ホッとするしさ」
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