炎舞(えんぶ)

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「ええ。ポスターもすばらしかったし、きっとデザイナーさんのセンスがいいんだろうなって」  翠はそう答えると、柏木も見ることができるように、二人の間の肘掛(ひじか)けの上でパンフレットを開いた。冒頭のページには、古今集収録の()(びと)知らずの短歌が一首掲げられていた。  夏虫の 身をいたづらに なすことも ひとつの思ひに よりてなりけり   ※夏虫が身を滅ぼしてしまうのも、私を(さいな)んでいるのと同じ、    恋の思いという火のためなのだ。  次のページには御舟の『炎舞』に対する藤花の賛辞があり、出演者、スタッフの紹介がそれに続いた。公演の内容や構成、演出に関する説明は一切なく、舞台はそれ自体で完結しているべきだという、演者の信念がうかがえた。 「古今集に載っているそうだけど、素直でいい歌だね」 「古今集はあまりお好きではないみたいですね」 「技巧が勝ち過ぎているものはちょっとね。万葉好きだった母親の影響かな。紀貫之(きのつらゆき)も、仮名序(かなじょ)の出だしや土佐日記は好きなんだけどね」
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