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「二年程前ですが、藤花が何かの折に、自分はまもなく一世一代の舞を舞うことができそうな気がする。もちろんそれはすばらしいことだが、その後のことを思うと恐ろしくもある、といった意味のことを言ったことがあります。頂点を極めてしまえば、後は下りが続くだけだとね。世阿弥が言うように、たやすい演目に彩りを添えながら『少な少な』に演じて、老境を楽しむことができればよいのだが、そんな気持ちになることは決してないだろうと……。今回の舞台で藤花が何を考えていたのかはよくわかりません。ただ、彼女は一世一代の舞を舞いおおせた。それだけは確かです。柏木さん、おかげで心の整理がつきました。ありがとうございます」
倉田はそう言って深く頭を下げた。
堂島はそっと倉田に近づくと、小声で同行を求める旨を伝え、倉田は無言でうなずいた。
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