炎舞(えんぶ)

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 フィナーレの第三幕は藤花のソロで構成されていたが、それは見えない相手とのデュオのようでもあった。観客は彼女の眼差しや差し伸べた指の先に、消え去った青年の姿を()の当たりにしていたのだった。柏木の脳裏には、彼女は人間と恋に落ちた妖精で、人と妖精では時の流れ方が異なっているために、二人の仲が引き裂かれてしまったのだという考えが浮かんでいた。  クライマックスに向かって彼女はさらに狂乱の度合いを増し、どこへ向かうとも知れない複雑なステップを踏んだ果てに、後ずさりするようにして舞台中央の炎に身を投じて忽然(こつぜん)と姿を消した。  数秒間の沈黙の後、我に返った観衆は熱狂的な拍手を贈ったが、程なくそれは困惑したざわめきに変わった。突然救護を求める叫び声が上がり、作業用の照明が(とも)された舞台を、青ざめた表情のスタッフが行き交い始めたのだ。平塚藤花は演出で姿を消したのではなく、彼女を乗せて下りるはずだった(せり)が先に下がっていたために、暗闇の中で口を開けていた奈落(ならく)の底に転落したのだった。
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