炎舞(えんぶ)

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 玉蝉(ぎょくせん)盗難事件から五日が過ぎた夕暮れ、柏木祐介は蛍研究者の澤村翠とともに、新宿御苑で行われる平塚藤花(とうか)という舞踊家の野外公演の会場に足を運んでいた。燃え盛る炎の廻りを乱舞する蛾の姿を描いた速水御舟(はやみぎょしゅう)の名画『炎舞(えんぶ)』に(そう)を得た新作ということで、先日昆虫の走光性について翠と言葉を交わした際に、彼女も自分と同様にこの絵に魅了されていることを知った柏木が、公演の告知を目にして観劇に誘ったのだった。  平塚藤花は日本舞踊の名家の三女に生まれ、天賦(てんぷ)の才で将来を嘱望(しょくぼう)されながらも、一門の芸を踏襲するのみでは飽き足らず、破門される形で家を飛び出し、長年にわたって自身の舞踊団を率いて活動してきた異才で、近年はヨーロッパ各地の演劇祭でも公演を行って賞賛を浴びてきた。  舞台から五列目の座席につくと、翠は入り口で買い求めたパンフレットを取り出した。表紙には言うまでもなく御舟の『炎舞』がキービジュアルとして用いられている。 「蛍観賞会のパンフレットの参考に?」と、柏木は微笑みながら翠に尋ねた。
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