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秋良は翔吾に近付くと小声で呟いた。
「伊藤さんは小学6年生の頃小松市に住んでいた」
「えっ!」
「お父さんとふたり暮らし」
「ええっ!」
「小学校3年生までおねしょしていた」
翔吾はベンチから転げ落ちる寸前まで端に寄り、両手で身体を支えた。
「なっ、なんで!」
「私は翔吾の事ならなんでも知っているわよ」
「す、ストーカー」
「な訳ないでしょ、ここまで言って分からないの?」
「わ、分かんねぇ」
秋良は翔吾の鼻先に指を突き出してくるくると回して見せた。
「蜻蛉の顔が嫌い、首が捥げそうだから」
「きっ、気持ち悪ぃだろ」
「オニヤンマは怖い」
「黄色と黒とか反則だろう!」
翔吾は秋良の指先を払い除けるとその場に立ち上がった。
「おまえ、俺の履歴書を見たのか!」
「なに、伊藤さんの履歴書には蜻蛉の事まで書いてあるの?」
「かっ、書いてねぇけど!」
そこでLINEメッセージの着信音が鳴った。
翔吾と秋良が携帯電話をタップするとメッセージは秋良に届いていた。その横顔は可憐で小さく微笑んでいた。
心の声一同(うわぁ、可愛い)
翔吾は見惚れた。ところが秋良が返信すると程なくして屋上の扉が開き姿を現したのは高坂壱成だった。手にはコンビニエンスストアの白いポリエチレンの袋をぶら下げていた。
「秋良ちゃん」
「壱成さん、ありがとう」
心の声一同(え、なに、なになになにその親密さはなに!?)
秋良は翔吾を振り返ると「早く思い出しなさいよ」と念を押し高坂壱成の元に駆け寄って2人で隣のテーブルベンチに腰掛けた。
「秋良ちゃん、サンドイッチで良かった?」
「うん、ありがとう」
「ミルクティーは無糖」
「大正解!」
2人は和気藹々とランチタイムを愉しみ始めた。取り残された翔吾は秋良の後ろ姿を口を開けて見るばかり。
(ーーーーえーーと、蜻蛉?)
ここまで聞けばなにやら薄ぼんやりと輪郭が見えて来た様な来ない様な、翔吾は首を傾げながら社員食堂へと向かった。
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