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聖マリアンヌ愛児園
百合の花を象ったステンドグラスが赤いカーペットに色さまざまな陰影を作った。十字架がそびえ立つ礼拝堂、その脇には樹齢50年ほどの桜の樹が連なり春には近所の住民が花見に訪れた。
「今年も綺麗に咲いたねぇ」
石川県金沢市の武家屋敷跡近く、桜並木の斜め向かいの木造2階建ての建物が聖マリアンヌ愛児園だ。愛児園には<児童福祉法第41条>なんらかの理由で親と一緒に暮らせない18歳までの子どもたちが暮らしていた。
伊藤 翔吾は小学校就学前に両親の離婚が原因でこの園に預けられた。伊東 秋良は小学校2年生の時、母親のネグレクトが原因でこの施設に保護された。同年齢の2人は実の兄と妹の様に仲が良く、電信柱10本離れた小学校まで手を繋いで登下校した。
「今日はなにして遊ぼうか」
「うーん、かくれんぼ」
「もう飽きたよ、カードゲーム」
「嫌だよ面白くないもん」
そんな2人に別れの日が訪れた。
晩秋の桜の樹の下で翔吾と秋良は手を繋ぐと舞い落ちる枯葉を眺めベンチに座った。翌年の春には満開の桜の樹の下で小学校の卒業写真を撮る筈だった。翔吾の手は悴んだ秋良の手をしっかりと握り、秋良は涙を堪えてマリア像を凝視した。
2人は其々の親元へ引き取られる事になった。
「翔吾のおうちは何処」
「小松市」
「ここから近いのかな」
「分かんない」
「秋良ちゃんのおうちは何処なの」
「富山県」
「富山県って遠いの」
「車に乗って電車に乗って行くの」
「もう会えないの」
「会えないのかな」
そこで翔吾はひとつ提案した。
「ねぇ秋良ちゃん」
「なに」
「また此処で会おう」
「会えないよ」
翔吾は秋良に向き直ると小指を差し出した。
「なに、これ」
「ゆびきりげんまん」
「なにを約束するの」
翔吾はベンチの座面を2回叩くと鼻水を啜って笑った。
「5年したらこのベンチで会おう!」
秋良は指を1本2本と折って数えた。
「じゅ、16歳?」
「中学4年生?」
「違うよ!」
「じゃあ何年生」
「高等学校1年生だよ、もう大人だから来れるよ!」
「高等学校」
「うん!」
それは2人にとっては大人の世界だった。2人は凍えた小指を絡ませて約束をした。
「10月30日だからね!」
「分かった!」
けれどそれは翔吾の大いなる勘違いで叶わぬ再会となった。
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