桜の樹の下で

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 翔吾は微妙な顔をしたパンダに座り、秋良はアシカには見えないアシカに座って10月30日の事を話した。秋良がお年玉を全額新幹線の運賃に注ぎ込んで富山県から会いに来たと話したので翔吾は財布を取り出して10,000円札を手渡した。てっきり「良いわ、要らないわ」と言われると思ったが、秋良は何も言わずにショルダーバッグに仕舞い込んだ。 「まじか」 「なにか文句ある?」 「まじか」  貴重な10,000円札を失い茫然とする翔吾を尻目に秋良は「懐かしいからあれに乗ろう」とシーソーを指差した。 「これ、前は木で出来てたな」 「そうねあの変なパンダやアシカは居なかったわ」 「おまえ大丈夫なのかよ」 「なにが」  シーソーを跨いだタイトスカートからは子鹿の脹脛(ふくらはぎ)が伸び、薄暗闇の中でも太腿とその奥まで見えそうな気がして翔吾は顔を覆った。それを知ってか知らずか秋良は上下に脚を跳ね上げた。 「おまえ、意外と重いな」 「あんただってスーツ脱いだらビール腹なんじゃ無いの」  確かにこうしていると小学校の頃の記憶が鮮明に甦った。姉だの何だのと理由を付けて会いに来なかったのは単純に恥ずかしかったのだ。 「私、あんたが初めて好きになった子だったの」  逆光の中、秋良の表情は見えなかった。翔吾がまごついていると秋良はシーソーから降りてしまい翔吾は激しく尻を地面にぶつけてしまった。 「いってぇ」 「これで8年前の事は無かった事にしてあげる」 「え」 「おやすみ」 「え、ちょっ」  秋良は背後で手を振ると一度も振り向かずに表通りへと歩いて行った。誰も居ない園庭に残された翔吾は秋良に伝えたい言葉を一言も伝えられずにその背中を見送った。 (くっそーマジ惚れたわ)
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