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急接近
古民家風の居酒屋、簾暖簾を開けると勢いの良い掛け声が彼方此方から挙がった。
「へいらっしゃい!」
「三共保険ですが」
「はい、三共保険さんお2階へどうぞ!」
軋む階段を上ると堀炬燵の長テーブルには既に数人の同僚が其々思い思いの場所に座っていた。
「遅くなりました」
「えっ、伊東さん!可愛いね!」
秋良が普段と違うフェミニンな装いで部屋に入ると男性社員の視線が釘付けになった。そうなると翔吾は面白く無く、翔吾の気が漫ろな事に気付いた三笠美桜はその腕を引っ張った。
(あっーーーーまた!)
秋良とすれば翔吾の横に陣取った三笠美桜の姿が気に入らない。これ見よがしに胸元が大きく開いたペールブルーのワンピース、後毛を散らしたハーフアップ、ピンクの唇は明らかに翔吾を意識したものだった。
(髪、切るんじゃ無かったーーー!)
秋良はもう2度と恋などしないと腰まであった髪を切った事を初めて悔やんだ。
「はいはいはい、みんな座って」
秋良は歓迎会の主役だからと上座に座らされ、枝豆や唐揚げの壁を越えたその遥か彼方の末座に翔吾と砂糖菓子が座っていた。
「はい、伊東さんと美桜ちゃんに乾杯!」
「かんぱーーい!」
各々の手にビールジョッキが手渡され乾杯の音頭が取られた。
「はい、秋良ちゃん、呑んで呑んで」
「もう、もうそのくらいで」
「なにぃ、係長のお酌は呑めて僕のは駄目なのぉ」
元来、秋良はアルコール飲料に滅法弱く迫り来る上司や同僚の酌と闘わなければならなかった。これでは赤ら顔の男性社員の対応で精一杯、翔吾にしなだれ掛かる砂糖菓子を想像して気ばかりが焦った。
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