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「はい、呑んで呑んで」
「もう、もうお酒は」
「じゃあ唐揚げ、ピザが良い?枝豆?」
「す、酢の物を」
酔いが回った秋良の太腿には年配の男性社員の手が置かれ、同僚は肩を抱きお猪口に酒を注いでいた。耳まで茹蛸、鼻先はトナカイさながらの秋良は意識が朦朧としていた。
「はい、伊東さん酢の物」
「ありがとうございます」
助け舟を出したのは村瀬 寿係長だった。九谷焼の小鉢に金時草とワカメの酢の物、烏龍茶のジョッキを手渡してくれた。
「はい、男性陣は散った!散った!」
「係長、そりゃ興醒めだよ」
「なにがよ!もう真っ赤じゃない!」
「秋良ちゃんもグビグビ呑んでたし」
「あんたたちこんなに酔わせてどうするつもりなの!」
その怒鳴り声に思わず翔吾は席を立ち上がった。
(あいつ、そんなに飲まされたのか!?)
「あん、翔吾さま〜」
翔吾の周囲にはここぞとばかりに女性社員が押し寄せ、その口に唐揚げを次々と押し込み否応なしにビールのジョッキを持たせていた。
「ちょっ、と!」
立ち上がった翔吾は袖を引かれて再び席に座らされた。
「んが、んが!」
「駄目よ、翔吾さまは此処に居て♡」
「んガンガ!」
三笠美桜の目論見は明らかで、酔いが回った翔吾をその辺りのホテルに連れ込み既成事実を作ろうという魂胆が見え見えだった。
「呑んで呑んで♡」
「も、もう」
「呑んで呑んで♡」
豊かな胸の谷間の向こうに秋良と村瀬 寿係長の姿が見えた。言葉を交わしているがその秋良の顔は火照り村瀬 寿係長は不安げな面持ちで誰かを手招きした。その目線の先には高坂壱成が居た。
(ーーーーちょっ!)
タクシーチケットを手渡された高坂壱成は秋良の肩に手を添えて立ち上がらせた。「もう帰るのか」「もうちょっと呑みましょうよ」と言う声に2人は会釈し階段の方に向かった。
(え、ま、まじか!)
翔吾は周囲を取り巻く女性陣と三笠美桜の腕を振り解き慌てて階段を降り革靴を突っ掛けて店の外に飛び出したが2人の姿は何処にも無かった。
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