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そして三笠美桜は翔吾と秋良のぎこちない所作に目を光らせた。それは男女の関係を匂わせ、互いに意識し合っている事は明らかだった。
(ーーーーなによ、ばばあの癖に!)
三笠美桜は実に面白く無かった。歓迎会のお開きの後、彼女は翔吾を繁華街近くのビジネスホテルに連れ込もうとした。ネクタイを緩め三笠美桜にもたれ掛かる翔吾は泥酔していた。
「ほら、翔吾さま、ホテルに着きましたよ♡」
「もう歩けない」
「そんな所に座り込まないでお部屋に行きましょ」
「部屋」
「そう、お部屋」
「もう部屋に着いたのか」
ホテルの植え込みにしゃがみ込んだ翔吾は三笠美桜の手を取り立ち上がった。思い通りに事が運ぶとほくそ笑んだその時、翔吾が意外な名前を呟いた。
「秋良」
「え」
「秋良、ごめんな」
「秋良って伊東さんの事ですか?」
「秋良ぁ」
日頃からデスクが真向かいというだけでなんの接点もなさそうな2人が個人的に通じ合っていた。三笠美桜は眉間に皺を寄せて翔吾をタクシーの後部座席に連れ込むと紺色のネクタイを外してショルダーバッグの中に仕舞い込んだ。
「伊東秋良より美桜の方が可愛いですよ♡」
「ーーーー」
「美桜の事を好きになります様に♡ちゅっ♡」
桜色の唇を頬に寄せた三笠美桜はその首筋とワイシャツにキスマークを付けた。
「どちらまで」
タクシー乗務員から行き先を問われた三笠美桜は躊躇う事なく翔吾の住むマンション名を告げた。彼女は社員名簿の個人情報も把握済みだった。
「プラザ寺町までお願いしまぁす♡」
「かしこまりました」
「この人をお家にお届けしたら戻って来ますから駐車場で待っていて下さいね♡お・ね・が・い・しまぁす♡」
そして今、翔吾のネクタイを弁当と一緒に手渡し、歓迎会の後になにかあったかの様に見せ掛け秋良を威嚇した。
(こっ、この子)
秋良は三笠美桜が戯れで翔吾に構っているのだろうと鷹を括っていた。ところがそれは全くの見当違いで本気で伊藤翔吾に好意を抱いていた。
(この子、本気で翔吾の事が好きなのね)
(このクソババア、消えろ!)
秋良と三笠美桜は好敵手、然し乍ら三笠美桜はやや厄介な気質の持ち主だった。
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